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2022年2月12日土曜日

石川県立能楽堂「冬の観能の夕べ」を鑑賞。能「三輪」は,後半作り物の中から女体の神が登場し神楽の舞。輝くような感じが鮮烈。狂言「酢薑」はタイアップ商法のお話ですね。

コロナ禍の方はまだまだ警戒が必要ですが,仕事の方が一段落したこともあり(+3連休),今週末はリラックスした気分で過ごしています。本日は天候も良く,金沢市内の雪も減ってきたので,自転車で石川県立能楽堂まで行き,「冬の観能の夕べ」公演を観てきました。

能楽堂の駐車場の隅には大きな雪山が残っていました。

能楽堂の外装は工事中のようでした

演目と主な出演者は次のとおりです。「夕べ」といいつつ,14:30開始でしたが,約2時間,ボーッと非日常の世界に浸ってきました。

冬の観能の夕べ(2022年2月12日(土)14:30~ 石川県立能楽堂)

  1. 仕舞「鵜之段」(島村明宏)
  2. 狂言「酢薑(すはじかみ)」(酢売り:炭哲男,薑売り:炭光太郎)
  3. 能「三輪」(シテ:佐野玄宜,ワキ:北島公之,間:能村晶人)
今回はかなり前の方の座席だったこともあり,出演された方々の声の迫力をしっかり味わうことができました。
終演後に撮影

仕舞では,島村さんの素晴らしい声と地謡(3人)の声の遠近感が面白いなぁと思いました。リードヴォーカルとバックコーラスのような感じだな,と勝手に思いながら聴いていました。

狂言は「薑(はじかみ;生姜)売り」と「酢売り」の二人が登場し,前半は売り場を争うのですが,最後には意気投合するという展開です。途中,薑売りの方は,「から(辛)」という音の入る言葉を連発,酢売りの方は「す」の音の入る言葉を連発。この「から尽くし」「す尽くし」の言葉遊びの応酬が楽しかったですね(何となく「ギョ」を強調する「さかなクン」の会話に似ているな,と思いながら聞いていました)。最後は生姜と酢は料理の相性も良いので,明日から相商い(タイアップということか?)にしようといって,豪快に笑って終了。

能「三輪」は,1時間以上かかる作品でした。和州(大和の国)三輪に住む,玄賓(げんぴん)僧都(ワキ)の草庵に,いつものように水を汲みに来る中年の里の女(前シテ)が現れます。この女性が罪をお助けくださいと言った後,寒くなってきたので玄賓の衣を申し受けて去ろうとします。その去り際に住処を明かし,三輪山の杉の木が目印と言い置きます(中入)。

後半の最初,ワキの方の台詞が入りましたが,その張りのある声が良いなぁと思いました。オペラで言うところのアリアのようなものだと思いました。その後,杉の木の陰から,美しい女体の神(後シテ)が烏帽子・狩衣の男装で登場。前半から,舞台中央に「可動式フィッティングルーム」のような,結構大きな「作り物」が置いてあったのですが,その中から後シテが登場する辺りが大きな見どころだったと思います。

現代の感覚だとちょっとピンと来ないのですが,美しい女の神様が男装をしているという設定がポイントなのかもしれません。衣装は金色ぽい感じで,とても鮮やかでしたので,作り物の中から登場した時は,「拍手したい」と思うくらいでした(冬の観能の夕べのポスターのメインビジュアルが「三輪」でした)。

その後は,天の岩戸の前で神々が舞った神楽を再現します。この曲の鳴り物には,大鼓,小鼓に加え,笛と太鼓も入っており,この神楽の場面では,予想以上に熱い音楽がかなり長く続きました。神々しさと生々しさ,冷静さと華やかさが共存したような感じはとても見応えがありました。特に後半での陶酔感が素晴らしい作品だなぁと感じました。

というようなわけで,折に触れて非日常的な空間に入ってみたくなります。このシリーズの入場料は1000円ということで(当日券は1200円です),また時間があれば,観に来たいと思います。

終演後。16:30頃でしたが,まだまだ明るかったですね。

2021年8月22日日曜日

昨日は #濱口竜介 監督 #ドライブマイカー を鑑賞。村上春樹 原作の長めの短編に #ワーニャ伯父さん などの素材を加えて再構成。重層的に楽しめる素晴らしい作品でした。

昨日は,濱口竜介監督の最新の映画「ドライブ・マイ・カー」をユナイテッド・シネマ金沢で鑑賞してきました。村上春樹原作の同名の短編(ただし結構長い短編)が原作ということで,コンパクトな作品かなと予想していたのですが...驚きの179分という長さでした。

主人公の家福悠介の役柄が舞台俳優ということで,村上春樹の原作でもチェーホフの「ワーニャ伯父さん」を引用していましたが,今回の映画版でも,この「ワーニャ伯父さん」を扱ったシーンが重要な役割を果たしていました。

「ドライブ・マイ・カー」はカンヌ国際映画祭の脚本賞を受賞していますが,村上春樹の原作と「ワーニャ伯父さん」を重ねたシナリオの素晴らしさが評価されたのだと思いました。たまたま,昨年,「ワーニャ伯父さん」を実演で観て,「これは中高年男性には染みる作品だなぁ」と思っていたので,この両者を重ねた発想が素晴らしいと思いました。

西島秀俊が演じる家福悠介は,脚本家でもあった妻の音をくも膜下出血で突然亡くした後(二人は大変仲が良かったが,悠介は妻が不倫をしていたことは知っており,色々な秘密が明かされないままの状態),広島で行われる演劇祭の講師として長期に渡り広島に滞在し,ワークショップを行うことになります。そこで上演する作品が「ワーニャ伯父さん」。オーディションで選んだ,韓国,台湾,日本の俳優と一緒に作品を仕上げていくというのが映画の中盤の展開です。

この部分,演劇好きでない人が見ると,「長いなぁ」と思うのかもしれません。が,演劇を作っていく独特の過程がとても魅力的に描かれていると感じました。

このワークショップの会場まで,家福は”こだわりのマイカー(サーブという赤い外車)”で毎日1時間ぐらいかけて往復します(この時間を利用して,カセットテープ(これもこだわり)に妻の声で吹き込まれた「ワーニャ伯父さん」のセリフを聞くのも日課という設定)。ここで出てくるのが三浦透子演じる,渡利みさきという23歳のドライバー。

この家福とみさきの物語が原作の短編の核で,映画でもはこの辺の話が大きな見どころでした。何より,三浦透子さん演じる「寡黙だけれどもプロフェッショナルなドライバー」の雰囲気が,「いかにも村上春樹的キャラクター」(原作のイメージどおり)で,お客さんを引き付けるような存在感がありました。もともと「マイカーへのこだわり」の強い家福なので,他人が運転することを嫌がっていたのですが(演劇祭の決まりなので,仕方なく運転手に運転してもらうという設定),だんだんと彼女への信頼を増していきます。

そして,最後,この家福とみさきの関係が,ワーニャ伯父さん(中年男性)とソーニャ(ワーニャの姪)の関係に重なり合い,演劇祭の舞台での家福が演じるワーニャと韓国の手話で”話す”役者との関係にも重なり合います。「ワーニャ伯父さん」のクライマックスに出てくる,「それでも生きていきましょう」という有名なセリフも,韓国手話で表現していました。この場面での,韓国の若手女優(パク・ユリム)の柔らかな美しさも非常に印象的でした。

この演劇祭のオーディションで選ばれたメンバーについても,それぞれにスピンオフドラマができそうなぐらいのストーリーがあったのですが,最後にこのシーンで全てが統一されたような実感を持ちました。

さらにもう一つ重なっているのが,家福の妻の音の不倫相手だった,若手二枚目俳優の高槻と家福の物語。この高槻も「ワーニャ伯父さん」のオーディションに合格しており,当初はワーニャ役を演じるはずだったのですが...期間中に殺人事件を起こしてしまい(自己を抑制できない性格),出演できなくなります。

家福と高槻は,音という同じ女性を愛していたことになるのですが,2人の会話を通じて,過去の音の秘密がだんたんと明らかになっていきます。家福を演じる西島秀俊と高槻を演じる岡田将生。”マイカー”の中での2人の語り合いの中で亡くなった妻・音の姿が蘇り,2人の本心が見え隠れする...といった濃密な時間。この場面の2人の演技が素晴らしいと思いました。

この2人の男性に愛される,音役は,霧島れいか が演じていました。男性と性交をする中でシナリオの発想が出てくるといった”秘密”(この部分が「R12指定」でしょうか。村上春樹の別の短編のエピソードを加えていました)があるのですが,この辺も霧島さんの雰囲気にぴったりでした。

音は,ドラマが始まった前半だけにしか登場しないのですが,この霧島さんの存在感なしには,後半のドラマが成り立たないような魅力を感じました。映画の構成自体も,この音が亡った場面(1時間近くあった?)の後,ようやく「ドライブ・マイ・カー」というタイトルが出てくるという構成で,「堂々たる大作」の風格を出していました。

演劇のワークショップの途中で,主役を演じるはずだった高槻が脱落することになり,ワーニャ役は,「家福さんにやってもらうしかない」ということになるのですが,家福としてはなかなか踏ん切りがつきません。その決心をするため,ドライバーのみさきの生地(北海道の廃れた村)まで行ってみるという展開になります。

みさきにも色々な暗い過去があり,さらには家福と音の間の「今は亡き子供」とみさきの年齢が同じということも判明。家福とみさきの2人が,色々な過去に決着をつけるためのドライブになります(途中,北陸自動車道も通っていたので,金沢も通過していたはず)。

この静かなロード・ムービーといった展開も良い感じでした。このドライブを経て,二人は「同志」になったとも言えます。この映画には,やたらと煙草を吸うシーンが出てくるのですが(最近の映画でこれだけ喫煙シーンが多い作品も異例),車の中で二人が喫煙し,天井窓から手を出すシーンに,そのことが象徴されているのではと思いました。

というわけで,あれこれ書き出すとキリがないぐらい色々な要素が重なり合った作品で,それを村上春樹のストーリーを核として見事に再構成した,素晴らしい作品だと思いました。

PS. クラシック音楽のアナログレコードを聴くシーンも出てきました。この辺にも,村上さんらしさへのこだわりを感じました。

2021年7月3日土曜日

7月になると観能の夕べのシーズンに。石川県立能楽堂で狂言「因幡堂」と能「籠太鼓」を鑑賞。両方とも夫婦関係がテーマ。近くで観たせいか面の美しさに魅了されました

 毎年7月になると,石川県立能楽堂は「観能の夕べ」のシーズンになります。毎週土曜日の夕方に狂言と能を1つずつ,1000円で楽しむことができます。今日が今シーズンの初回でした。

コロナ禍の影響か年齢の影響か,近年,能の静かさに妙に惹かれてきているのですが,本日はとても良い席で観られたこともあり,益々その魅力を実感できました。

本日上演されたのは次の2つの演目でした。どちらも夫婦関係がテーマでした。

狂言「因幡堂(いなばどう)」 男:炭光太郎,女:清水宗治

能「籠太鼓(ろうだいこ)」シテ:高橋右任,ワキ:殿田謙吉

狂言の方は,大酒飲みの妻と離縁して新しい相手を見つけたい男が,薬師如来にお願いする話です。しかし,妻の方が一枚上手,いつの間には薬師如来になりすまして,逆に妻から懲らしめられるというお話。どこか,「フィガロの結婚」を思わせる面白さがありました。炭さんの晴れ晴れとした声を聞くと,気分が晴れますね。

能の方は,殺人の罪で捉えられていた夫が脱牢してしまったので,代わりに妻(シテ)が九州松浦の何某(ワキ)の管理する牢に入るが,悲しみと不安のあまりに狂気の世界へ,というお話。前半・後半に分かれておらず,「実は〇〇」「夢でした」というパターンではなかったので,普通の時代劇といった感じでした。最後,松浦の何某が妻の夫を思う気持ちに免じて許されるのですが,牢が舞台という点で,ベートーヴェンの「フィデリオ」に通じるお話だと思いました。

能のシテは「曲見(しゃくみ)又は深井(ふかい)」の面。調べてみると,中年女性の面ということでしたが,この表情が美しいなぁと思いました。今回は真正面の近距離から観たので,特にその表情の美しさを実感しました。夫を思う気持ちがそうさせるのか,妙に艶めかしく感じました(これは私のメンタルの反映なのかもしれませんが...)。そして,常にシテに同情的だったワキの深みのある声も良いなぁと思いました。

どちらも初めて観る演目でしたが,夫婦という点で統一感もあったのも良かったですね。充実感のある時間を過ごすことができました。

土曜日午後は,オーケストラの演奏会もあるので,恐らく毎回行くのは難しそうですが,これからは猛暑の季節なので,「避暑」も兼ねてまた観に行きたいと思います。

2020年11月7日土曜日

本日は石川県立能楽堂の「加賀宝生の魅力 #ろうそく能 鑑賞会」に参加。#葵上 の般若の面の迫力がさらにアップしていました

本日は午後から,石川県立能楽堂で行われた「加賀宝生の魅力:ろうそく能 鑑賞会」に参加して来ました。

過去,金沢城公園などで薪能ならば観たことはありますが,「ろうそく能」を観るのは今回が初めてでした。能楽堂の舞台の回りに白い紙(?)のシェードに覆われたロウソクが並べられ,薄暗い雰囲気で能を観るというものです。

この雰囲気を一度味わってみたいと思い,今回参加することにしました。ただし,舞台上の照明はある程度残していたので,「少し暗いかな」という程度でした。それでも,揺れるロウソクの炎には,何とも言えない緊張感があり,通常の能とは一味違う雰囲気を味わうことができました。

今回上演された能は,『源氏物語』を題材とした「葵上」でした。私でも名前だけは知っていた名作ですが,これまで観たことはなく,「一度観てみたい」と思ったのが,今回観に来たもう一つの理由です(そういえば,10月上旬,三島由紀夫の『近代能楽集』版の「葵上」のオペラ版も金沢で上演していましたね。こちらも観ることができませんでした)。

まず,今回の公演データです。能に先立って,狂言「子盗人」も上演されました。

加賀宝生の魅力:ろうそく能 鑑賞会

公演日時:2020年11月7日(土)15:30~ 石川県立能楽堂

  • 狂言「子盗人」 盗人:能村祐丞,乳母:清水宗治,主人:炭哲男
  • 能「葵上」 シテ:佐野玄宣,ツレ:葛野りさ,ワキ:平木豊男,ワキツレ:渡貫多聞,間:炭光太郎

「葵上」は,京都の賀茂祭(現・葵祭)での「車争い」で,光源氏の愛人(?)六条御息所がプライドを傷つけられた事件をきっかけとした「鬼女物」の作品です。祭見物のために御息所は牛車の停める場所を先に確保するのですが,その後来た,光源氏の正妻・葵上の牛車と場所を争うことになります。最終的に御息所の車は脇に追いやられて,屈辱を味わうことになります。この部分は,能のストーリーとしては出てきていないのですが,この時味わった屈辱から出た「恨み」が作品の主題となります。葵上への恨みの気持ちが「生霊」化してしまいます。能の前半のシテ(前ジテ)が,この六条御息所の生霊,後半のシテ(後ジテ)が六条御息所の怨霊です。

葵上は,原因不明の物の怪に悩まされるのですが,その正体を突き止めるために,巫女が生霊を呼び出すという場面から能の物語は始まります。ただし,葵上自体は登場せず,舞台の前の方に小袖の着物がペタッと置かれます。タイトルは葵上だけれども実際には登場せず,「葵上への恨み」を体現した生霊だけを見せるというのが面白いところです。

シテの面は,前半が「泥眼」という目の白目部分がやや黄色くなっている怪しげなもの,後半はさらにパワーアップした怨霊となり,「般若」の面になります。般若というのは,実は女性だったのですね。この表情が下からロウソクの光で照らされると,さらに陰影が増し,迫力が増します。面をしながらなので,全般にシテの声は聞き取りにくかったのですが,暗い雰囲気の中での「恨み」の表情や,恨みの思い余って,葵上に襲い掛かろうとする動作には,じっと見入ってしまいました。

今回面白かったのは,ツレの「照日の巫女」役を女性能楽師が担当していたことです。葛野りささんという方が演じていましたが,セリフ回しが音楽のように聞こえて来て,新鮮に感じました。巫女役を女性が演じるというのも合っているなと思いました。

それにしても「人に対する恨み」というのは怖いものです。その人の表情や性格を変えてしまい,他人の命をも奪いかねない負のエネルギーになってしまいます。これは女性に限らないのですが,表情が般若のように一変してしまうというのは,そのことの象徴なのだと思います。最近,仕事の関係で「アンガーマネジメント」に関心を持っているのですが,この作品を観ながら,改めてアンガーマネジメントの重要性を感じると同時に,それをも超えてしまう女心の激しさ(それもこれも光源氏の魅力なのでしょうか)と怖さについてのイマジネーションを(多少,現実を思い出しながら)膨らましてしまいました。

もう一つ上演された,狂言「子盗人」の方は(こちらは「ろうそく」に火入れされる前でしたが),屋敷に忍び込んだ盗人が,奥の座敷に眠っていた可愛らしい乳飲み子を見つけ,あやしているうちに,家の主人が現れて...というお話です。乳飲み子については人形を使っていましたので,「本物が出てこない」という点で,「葵上」と重なる感じがあると思いました。盗人が本来の目的を忘れて,子どもと戯れる辺りにのんびりとした気分があり面白いなぁと思いました。

というわけで,「ろうそく能」については,機会があればまた観てみたいと思います。同様の人が多かったのか,この日の客席は大入り。劇場についての感染拡大防止対策の基準が変わったこともあり,本日は両隣に人が座っていたのですが,こういう状況は久しぶりでした。慣れとは恐ろしいものです。「何となく密だなぁ」と感じてしまいました。その点で,段階的に席数を増やしていっても良いのかもと思いました。

PS.配布された「葵上」の詞章(謡などの文章)を見てみると,「三密」というおなじみの言葉を発見。仏教ではとても重要な意味を持つ言葉のようですね。


能楽堂の廊下から見た,国立工芸館。本日は雨でした。




2019年10月26日土曜日

かたりすと・平野啓子さんによる「能楽堂スペシャル朗読会「平家物語~仏御前」を聞いて来ました。藤舎眞衣さんの笛と一体となった,女性版・盛者必衰の物語を楽しんできました。

石川県立能楽堂で行われた,元NHKキャスターで「かたりすと」の平野啓子さんによる「平家物語~仏御前」の朗読会に参加してきました。このイベントは,毎年秋に行われている「兼六園周辺文化の森ミュージアムウィーク」の一環として行われたものです(入場無料でしたが,事前に整理券が必要。ほぼ満席でした)。


その内容は,文学作品のテキストを読む一般的な朗読会と一味違ったものでした。作品の内容を分かりやすく紹介し,物語の世界に楽しく入り込んでもらおうという工夫のされたとても面白い内容でしたので,ご紹介しましょう。

平野さんについては,以前,NHKの報道番組のキャスターとしてお顔を拝見した記憶はありましたが,実はあまり強い印象は残っていませんでした。現在は「かたりすと」としての活動に力を入れているようです。この言葉は,恐らく平野さんの造語だと思います。本日のお話を聞いて,「語り部」という言葉を現代的に拡張したような意味なのかなと思いました。

通常の朗読と違っていたのは,物語の導入部分や要所要所で解説的な「地」の文章を自分自身で読んでいたこと,「平家物語」の原文そのものに加え,現代文に読み下した文章を入れていたこと,「地」の文以外では平野さんは台本を暗記しており,役者さんのような感じで舞台上を動きならが,動作を付けながら読んでいた,といった点です。「平家物語」は,もともと語られるための文章ですが,それを現代の感覚を取り入れて,立体的に再構成した一人芝居的な朗読だったと思います。

分かりやすく内容を解説する部分と思い切ってドラマに入り込む部分とがバランスよく組み合わさっていましたので,全く退屈することはなく,気持ちよく物語の世界を楽しむことができました。

我が家にあった「平家物語」の文庫本。
物語の前半に出てくる話です。
それと今回のもう一つの大きな特徴は,藤舍眞衣さんの笛が入っていた点です。物語の展開に併せて,「もう一人の役者」のような感じで,ドラマの展開を盛り上げていました。藤舍さんの凜としたたたずまいと笛の音色には,非日常的な空気感があり,能舞台というやはり非日常的な場所との相性はぴったりでした。

今回の題材の「仏御前」でした。軍記物として知られる『平家物語』の中では例外的に女性が主役といった部分です。一種のスピンオフドラマといったところでしょうか。ひとことで言うと,時の最高権力者・平清盛が寵愛した白拍子が祇王から仏御前へと移ることが生んだ悲哀のドラマということになります。そして,この仏御前の出身地が現在の石川県小松市です。私自身,よく知らなかったのですが,小松方面では,今もこのお話は語り伝えられているようです。「ご当地もの」ということで,今回取り上げることになったようです。

この仏御前は,清盛の側室になって3年が過ぎた祇王の紹介で清盛の前で舞や歌を披露するのですが,清盛は一目でそちらの方に心が移ってしまいます。白拍子というのは,現在で言うところの「歌って踊れるアイドル歌手」のイメージとのことで,平野さんの”振り”にも,DA PUMPなど振付の要素も入っていました。先輩アイドルが後輩アイドルのことを思いやった結果,反対に自分の立場が危うくなってしまうという悲劇,と言い換えることができそうです。「3年」という年月も,現在の芸能界の栄枯盛衰のスパンと結構一致するのではと思いました。

この日の客席には,平野さんと親交のある,加賀市出身の作家・子母澤類さんもいらっしゃったのですが,今回は,この子母沢さんが書いた「北陸悲恋伝説の地を行く」の中の文章も併せて朗読されてました。『平家物語』での結末と,加賀地方に伝わる伝説の結末は少し違うようでしたが,いずれにしても女性版「盛者必衰」の物語と言えます。平野さんの語りからは,そのことに加えて,凜として生きる女性たちの友情の物語のような雰囲気も伝わってきました。

朗読会の前には,司会の方が聞き手となって平野さんのプロフィールや石川県とのつながりを紹介するようなトークショーが行われました。この中で印象に残ったのは,「かたりすと」という仕事の魅力です。「名作・名文に魂を吹き込み,それが言霊となってお客さんに伝わる...といったイメージの交換を一つの空間で行える。そのイメージは,お客さんの中でいかようにも膨らませてもらえる。命がけで魂を吹き込む仕事はやめられなくなった」といったことを平野さんは語っていました。一人でできてしまう点で,落語にも通じる面がある気がしましたが,平野さんの場合,もっと華やかな雰囲気があるのが特徴だと思います。ちなみに,この日の平野さんの着物は,美しい加賀友禅でした。

平野さんは,トークの中で「石川県好き」ぶりを次々と紹介し,「ちょっと持ち上げすぎでは?」と思うぐらいでしたが,これからも平野さんの石川県内での「かたりすと」活動に注目をしていきたいと思います。
能楽堂周辺はすっきりしていました。考えてみると,お隣にあった建物が
国立工芸館として「移動」してしまっていたのですね。

2019年7月13日土曜日

7月と8月の土曜の夜,#石川県立能楽堂 で行われている #観能の夕べ で #狐塚 と #蝉丸 を観てきました。蝉丸は主役2人の異色の能かも。

本日は夕方5時から,石川県立能楽堂で行われた「観能の夕べ」に参加してきました。
この公演は,7月と8月の土曜の夜に狂言と能を1作品ずつ1000円で上演するというもので,かなり以前から行われています。が,私自身,参加するのは今回が初めてでした。本日は,丁度時間があったので,ふっと思い立って,出かけることにしました。

今回上演されたのは,狂言「狐塚」と能「蝉丸」でした。お客さんを見てみると,外国人がかなり沢山いました。留学生や観光客を絡めたプログラムとして定着してきているのかもしれません。

最初に金沢能楽美術館の山内麻衣子学芸員による解説があったのも親切でした。能も狂言も,かなり形式がパターン化されていますので,面,衣装,小道具などが何を意味しているのかを,あらかじめ知っておくことが鑑賞のポイントになると思います。その辺についてのコンパクトだけれども詳しい説明があり,この解説を聞くだけで「奥の深い面白い世界だ」と実感できました。
本日は正面から観ました
狂言「狐塚」の登場人物については,太郎冠者,次郎冠者,主人という,お決まりのパターンでした。「狐が出るぞ,出るぞ...」と警戒しすぎの「太郎冠者」VS「次郎冠者+主人」という構図のコメディでした。この作品では,田んぼに来る害鳥対策に「鳴子」という小道具を大々的に使っていたのが特徴で,紐の片方を柱に結んで,グルグル回して音を出したり,視覚的にも楽しめました。セリフ自体は古文なのですが,大きな声で大らかに語られるので,素直に楽しむことができました。

後半の能「蝉丸」は,色々な点で異色の能なのでは,と思いました。シテが逆髪,ツレが蝉丸ということで,シテの役名がタイトルになっていないのが,まず面白いところです。この2人は,それぞれ醍醐天皇の皇女(逆髪)と皇子(蝉丸)ということなので,姉弟の関係になります。

蝉丸は目が見えない少年,逆髪の方は時々狂乱し髪の毛が逆立つという設定で,それぞれ,そのことが理由で,皇子,皇女の身分を捨てさせられます。その2人が「逢坂山」で涙の再会をするけれども,最後は別れるというお話です。

# 「小倉百人一首」に出てくる蝉丸とは違う人物とのことでした。が,「逢坂山」何かつながりはありそうですね。

ということで前半が蝉丸が出家する話,後半が逆髪が狂乱し,2人が再会し,別れるという話になります。能をよく観ているわけでないので推測なのですが,この2人については,どちらが主役とも言えないのでは,と思いました。

このお話ですが,皇室の主流から外れたマイノリティ的なキャラクターの悲しみを描いているのに加え,結末も「救われる」という感じではありません。が,まさにその点で,現代の演劇的な要素もあると思いました。解説の山内さんも語っていたとおり,2人が再会する場面では,2人が手を取り合うシーンがありました。こういう具体的な所作をすることも能では珍しい気がしました。

この2人とも,もちろん面を付けています。それぞれが泣く場面についても,うつむき加減になって,片手を額に近づけるだけなので,現代の演劇とは外観は全く違うのですが,「姉と弟の間に通じる感情」という根幹の部分については,「いつの時代も変わらのでは」と感じました。

最後の別れのシーン,姉が去った後,蝉丸が見送るのですが,私の席からは,丁度横顔が見えるような形になりました。それが非常に悲しげに見えました。正直なところ,能については,役者さんの演技自体の善し悪しはよく分かりません。むしろ観ているお客さんの思いが,各役者さんの演技の中に投影されている,ということなのかな,とその横顔を観ながら思いました。

声の違いについては分かるのですが,能の場合,主役2人の方がお面を付けているので,ちょっとこもりがちになり,脇役や地謡の声の方が鮮明に聞こえるようなところがあります(間狂言の方の声が特に素晴らしかったですね)。そう考えると,声についても,現代の演劇とは別の感覚で味わうべきなのかなと感じました。

能については,現代の演劇と共通する要素とそうではない要素があることに改めて気づいた公演でした。能は,基本的なフォーマットはどの作品もほぼ同様で,その上で演じられる演技の差(現代の演劇に比べれば,違いが分かりにくい差)をじっくり味わうものなのだと思いました。それよりも,上述のとおり,観ている自分の心境の違いの影響の方が大きい気がします。何本も観ているうちに,その辺の傾向が分かってくるのかもしれません。
セリフを印刷したものも配布していました。が,これは事前に読んでおく方が良さそうですね。
というわけで,毎回1000円で能を楽しめる,このシリーズは,能の入門としてはとても良いのではないかと思います。夏の間の企画...ということで,能楽堂は,クールシェア・スポットとしても最高だと思います。
本日の演目の書かれたシールも配布物の中に入っていました。こういうのがあると...
コンプリートしてくなってしまいそうです。
最後に今回の公演の主な配役のデータを記入しておきます。

観能の夕べ
2019年7月13日(土)17:00~ 石川県立能楽堂

狂言「狐塚」
太郎冠者:清水宗治,主人:能村祐丞,次郎冠者:中尾史生

能「蝉丸」
シテ(逆髪):島村明宏,ツレ(蝉丸):佐野玄宜,ワキ(清貫):北島公之,間(博雅三位):炭光太郎

歴代の「観能の夕べ」のポスターです。

2019年6月1日土曜日

#金沢百万石まつり 日中の行列見物には行かず,夜,金沢城公園で行われた #薪能 で #熊坂 を鑑賞。簡素かつ豪華な雰囲気を楽しんできました

本日は金沢市祭「金沢百万石まつり」のメインイベントのパレードが行われました。が,日中あれこれ用事があったこともあり見に行かず,19:00過ぎに金沢城公園で行われた薪能の中の能だけを観てきました。

パレードの方は前田利家公役が俳優の加藤晴彦さん,お松の方役がタレントの藤本美貴さんということで,過去の歴史の中でもかなり若めのカップルではないかと思います。ニュースの映像で見た感じ,楽しそうではありましたが...もう少し優雅さを期待してしまいます(動作が速すぎて,選挙の候補者のような感じ?)。

薪能の方は,仕舞「難波」「藤」と狂言「茶壷」の後,能「熊坂」という演目が上演されました。19:45頃,金沢城公園に行ったところ,丁度,能が始まったばかりのところでした。

例によって,能については「雰囲気を味わうだけ」なのですが,何もしない簡素さな世界にいるのがとても心地よく感じるようになってきました。それと前半と後半で,シテの雰囲気がガラッと変わる辺りのドラマ。どういう衣装や面に変わるのか,結構楽しみです。

「熊坂」の場合,後半は後シテとして,熊坂長範という盗賊の亡霊という正体を現します。その衣装が金色で何か面を付けていました。長刀も振り回していたし,後半は能としては激しい動きだったのかなと思いました。
写真撮影はNGなのですが,雰囲気を伝えるために小さめの写真で紹介
ちなみに本日の配役は次のとおりでした。

  • シテ 佐野弘宣
  • ワキ 北島公之
  • 間 中尾史生

間狂言の部分での若々しい声が野外で聞くととても気持ち良く響いていました。

能の演目は,まだまだ沢山あるので,色々な機会を利用して,これからも色々と観てみたいなと思います。

2018年11月4日日曜日

#石川県立能楽堂 で #金沢能楽会 定例能を鑑賞。#橋弁慶 #棒縛り #当麻 3時間30分以上「能の時間」に浸って来ました。その後,再度 #秋の空 へ

本日は午後から,金沢能楽会の定例能を石川県立能楽堂で観てきました。


昨日は,金沢能楽美術館に出かけていたので,この週末は能楽三昧といった感じになりました。とはいうものの,能楽堂で能を観るのは...なかなか思い出せません。金沢城公園での薪能は何回か観たことはあるのですが,能楽堂の舞台で,能と狂言をセットでしっかりと観たのは,もしかしたら中学生の時以来かもしれません(金沢市では,市内の中学生全員が学校から団体で観にいっていたはずですが...今でも続いているのでしょうか?)。

今回,能を観ようと思ったのは,9月以降,能楽堂で4回開催していた「能楽講座」を受講したからです。講座では,今回の定例能で取り上げる作品の解説などを聞いたのですが,その後ならば,とっつきにくそうに思える能も楽しめるのでは,という期待があったからです。さらには「4回全部受講した人は,本日の能に招待」という特典もありました。

というわけで,本日は無料で観ることができました。 実質的にしっかりと能を鑑賞したのは,今回が初めてのようなものだったのですが,「能楽の時空間の魅力」の一端に触れることはできたと思いました。思惑どおり,「講座を聞けば楽しめる...」とまでは行きませんでしたが,13:00~16:30過ぎまで,約半日,実世界とは別の時間が流れる世界に入ることができました。
本日はこの辺から鑑賞
定例能の構成は,能→狂言→仕舞→能,というのが定番のようです。この日上演されたのは次の作品でした(時間は不正確だと思います)。
  1. 能「橋弁慶」(約50分)
  2. (休憩20分)
  3. 狂言「棒縛り」(約15分)
  4. 仕舞「巻絹」(キリ)(約5分)
  5. 能「当麻」(約120分)
「橋弁慶」は,弁慶と牛若丸が最初に京都の五条大橋で出会うエピソードを能にしたもので,分かりやすい内容だったと思います。弁慶役は,昨日,金沢能楽美術館でお話を聞いたばかりの,藪克徳さんでした。昨日観た時は,小柄な方に見えたのですが,舞台上だと大変大きく見えました。義経役は,渡邊さくらさんという子役で,気持ちよくのびのびとした声を聞かせてくれました。 

藪さんの弁慶は,昨日の鼎談の時とは違う,落ち着きのある立派な声で,懐の深さのようなものを感じました。今回は能舞台のサイド(橋がかりの方)から観たのですが,思ったよりも舞台は横に長く使えるのだなと思いました。 義経の発声法は,いわゆる「棒読み」のような感じで,立ち回りの方もリアルさはないのですが(舞踊的?),定例能の最初の演目に相応しい華やかさがあると思いました。

次の「棒縛り」は,狂言の代表作だと思います。私でも知っている作品でした。主人の留守の間に,勝手に家の酒を盗み飲む悪癖のある二人の使用人を懲らしめるため,主人は,1人は両手を棒にしばり,もう一人は後ろ手に縛って外出します。が,創意工夫+協力によって,2人は結局飲酒をして酒盛りを始めるというお話です。

最後は,戻ってきた主人に見つかるのですが(ディズニーの「ファンタジア」にも出てくる,「魔法使いの弟子」的な設定でしょうか),漫才の原点のような,とても楽しい作品でした。 セリフに繰り返しが多く,結構くどいのですが,それが大らかな気分につながっていると思いました。「なかなか」とか決まり文句で返す感じも狂言らしいと思いました。役者さんの演技にも,大らかで朗らかなユーモアがあり,狂言入門にぴったりの作品だと思いました。

その後,「巻絹」という作品の仕舞(能の一部を衣装なしで演ずるもの)が入った後,この日のメインの作品である,「当麻」が演じられました。

この作品は,事前の講座で2回ほど取り上げられたので,内容は大体把握していたのですが,かなり長い作品ということもあり,それぞれの動作で,何を表現しようとしているのかとか,セリフの内容など,ほとんど理解できませんでした。ただし,能の場合,内容の理解よりは,その時間を一緒に過ごすことに意味があるのかなとも思いました。 

形式的には,夢幻能ということで,後半は「夢」ということになります(事前に「これは夢幻能です」と言われないと分からないのですが...)。前半は,観客代表としてのワキとシテ(主役)との出会い。間狂言をはさんで,後半では,シテは,本来の姿となって登場,というのがそのパターンです。 

この作品の題材は,奈良県二上山の近くの当麻寺に伝わる中将姫伝説でした。能については,実は,観光地紹介のような側面もあるそうなので,当麻寺に伝わる曼荼羅など,見所が紹介された後,終盤,前半は老尼だったシテが,中将姫の精魂となって再登場し,早舞(はやまい)をして終わります。

 前半の最後は,「紫雲に乗って昇天します」ということなのですが,リアルにそうなる訳でなく,超常的な部分は謡で表現されます。もどかしい点は...何を言っているか分からない点でしょうか。シテが杖を舞台に落とすシーンがありましたが,その事が昇天を意味していたのかもしれません。 

シテの舞の方もそれぞれの動作に象徴的な意味がありそうでした。袖をくるっと跳ね上げたり,ドンと足踏みをしたり,扇子を広げたり...この辺の意味が分かるともっと楽しめそうです。が,意識し過ぎないのも良いのかもしれませんね。 

観ていて面白いと思ったのは,小道具については,利用が終わったら,後見の人が,さっと片付けてくれる点です。部屋の片づけの本は,ベストセラーの定番ですが,これは,日本的美学の原点かも知れません。 

能全体としては定型的な「手順」に従っていると思うのですが,昨日の金沢能楽美術館での,内田樹さんの考えだと,その手順がルーティーンに見えないのが良い芸ということでした。この辺については,色々と見比べないと何とも言えないところだと思います。 

今回少々気になったのは,小鼓,大鼓等の打楽器や笛(+かけ声)の音量が結構大きく,シテの言葉がかき消されていた点です。空気を引き締めるような笛のピーッという音とか,皮の音が心地よく聞こえるような太鼓類の音は臨場感たっぷりでしたが、声と重なると、セリフがよく聞こえなる感じでした。正面からだと違った風に聞こえたと思うのですが,もう少しシテをクローズアップするようなバランスでも良いのかな,と感じました。シテは,面を付けていたので,声がややこもってした気がしました。また、今回のシテの佐野由於さんは,やや声量が小さかった気もしました。

見所はやはり,最後の早舞の部分だったと思います。音楽は熱狂的になるわけではないのですが,少しずつ高揚感が増す中で,シテの舞に光が差してくるような雰囲気を感じました。この辺の受け取り方は,もしかしたら,お客さんの「自由」なのかもしれませんね。 この夢幻能のスタイルは,バレエ「くるみ割り人形」のようなものでしょうか。能は,分析したり理解すべきものではないとは思うのですが,色々なパターンを比較してみたいなと思いました。
能楽堂周辺の本多の森の紅葉
能の後は昨日に続いて,「秋の空」へ。昨日とは違って,今にも雨が降りそうな空でしたが,せっかくなので,古本を1冊購入して帰宅。そういえば,能の「当麻」は,小林秀雄の『無常ということ』という有名な評論集の中に収録されていることを思い出しました。読んだことはないのですが,タイトルだけは覚えています。

ちなみに,本日購入した本は,「お酒」についての随筆集。一度,お酒を飲みながら,お酒の本を読むというのをやってみようと思って買ってみました。

2018年6月2日土曜日

#金沢百万石まつり 暑そうだったので行列には行かず #石川県立美術館 で #日展 を鑑賞。その後,久しぶりに #成巽閣 へ。夜は #金沢城公園 での #百万石薪能 へ。良い雰囲気でした。

本日は金沢市祭「金沢百万石まつり」の行列の日だったのですが,パスをして,石川県立美術館で日展を観てきました。百万石行列の方は,今年は高橋克典さんが利家,羽田美智子さんがまつ,ということで,近来まれに見る(?)豪華さでしたが,やはりどう見ても「午後からは暑くなりそう」ということで止めにしておきました。
美術館の前の通りです。緑がきれいでした


日展を観に行くのは,3年ぶりのことです。主に洋画や日本画を中心に充実した作品をたっぷり観てきました。日展の作品の場合,比較的オーソドックスな具象画が多く,「きれい」「本物みたい」「緻密だ」という感じで,分かりやすいのが良いですね。

若手作家の作品は気合いが入っているのが目に見えて分かるような作品が多く,大家の作品については余裕や軽みがあり,個性が自然に出ているようなものが多いのではないかと思います。個人的には,深さや密度の高さの感じられる作品が好きです。そして,結果的には各種入選作にそういう作品が多かったと思います。反対に発想やコンセプトが安易な作品は「イマイチ」と感じます。
県立美術館の休憩コーナーから見る緑。気に入りの場所です

展示室では,丁度,石川県出身の日本画の出展作家さんが,日本画コーナーの作品の解説をされていました。解説を聞きながらだと,「着目ポイント」を教えてもらえるのが良いですね。日本画の場合,洋画の場合以上に,絵の表面の肌触りのようなものが多彩で,どういう素材を使って,どれくらい厚く塗るか,薄く塗るかがポイントなんだなと思いました。

具象的な作品が多いと書いたのですが,かなり幅は広く,具象的なものから,デザインに近いものまで,淡い色合いからカラフルなものまで,色々な作風が混在しています。その中から好みの作品を探すのがこういう展覧会の楽しさでしょうか。

個々の作品では,解説者の方がいわれていた,森美樹の「羽音」という作品のフレスコ画を思わせる独特の清潔なムードが良いと思いました。
https://nitten.or.jp/artwork/exh170109

洋画では,ナカジマカツの「樹海」という作品の,女性のリアルな表情が背景の中からグッと浮き上がってくる感じが目を引きました。
https://nitten.or.jp/artwork/exh170285

熊谷有展のオレンジ色の点描作品がすごいと思いました。
https://nitten.or.jp/artwork/exh170198

展覧会を観た後,成巽閣に行ってみました。


前田家の梅鉢の家紋が入っているのを見つけました

今回行こうと思ったのは,入場無料になる券を持っていたからなのですが,時々行ってみるのも良いものです。縁側(何と呼ぶのでしょうか?)にドカっと座って庭を眺めるというのは,結構贅沢な気分になります。



2階の方は群青色の天井の群青の間が有名です。それに加えて,窓から眺める景色もとても気持ち良いものでした。


昼間はのんびりと過ごしていたので,その分,夕方から金沢百万石まつりに参加してきました。日頃,能を観る機会がないので,金沢城公園で毎年無料で行っている,百万石薪能を観てきました。

兼六園も入場無料でした



この五十間長屋の前で行われました
今年の主な演目は,狂言が「二人大名」,能の方が「葛城」でした。21:00頃まで行っていたので,少々腰が痛くなりましたが(レジャーシート持参で体操の座り方で座っていたのですが,正座の方が楽だったかも),「段々暗くなっていく空,段々明るくなる薪」といった雰囲気の中での,荘厳さのある能というのは,室内では味わえない魅力があります。
子供たちによる「前座」の舞台の後,火が入れられました。

オリンピックの聖火同様,本物の火には何か力がありますね。
狂言の方は,エラい人たちが一杯食わされる,お決まりのパターンですが,あれこれ体を張ったパフォーマンスがあり,終盤に行くほどリラックスした気分になってきました。

能の「葛城」の方は,鳴り物+地謡入りということで,まずは金沢城内に響く音が良いなぁと思いました。演目の方は,葛城山を通りかかった山伏と女神の話です。女神の羞恥心のために岩橋の架橋が遅延している...ということで,どこか泉鏡花の物語にでも出てきそうなキャラクターだなあと思いました。終盤になって,面を付けた女神が豪華な衣装で出てくるというのも,何とも言えずドラマティックです。この「静かなドラマ」というのが良いですね。
中入り前
実は,何を謡っているのかは,よく分からないのですが,薪能の場合,燃えている炎をじっと見ているだけで,間が持つようなところがあります(暖炉の火を見るような感じですね)。
中入り後
前田のお殿様もこんな感じで観ていたのでしょうか?日中の賑やかな祭りも良いのですが,夕方以降の「薪能」も金沢百万石まつりには欠かせない要素だと思いました。

# 能の写真については,肖像権があるので,「写真コンテスト」以外には利用不可とのことでしたが,何と言っても,いわゆる「インスタ映え」するイベントなので,やや小さめにして掲載してみました。

良く見えませんが,結構大勢のお客さんが入っていました

兼六園下の土産物店の店頭に貼ってありました。
現在アイスショーのため金沢に来られているようですね。