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2021年10月30日土曜日

好天だったので、午後から自転車で金沢建築館へ。企画展「金沢のチカラ」は金沢市民の方が楽しめそう。その後,21美でアペルト15冨安由真。夢に出てきそうな世界でした

本日の金沢はとても過しやすい気候でした。午前中に用事を済ませた後、午後からは自転車で市内をひと巡りすることにしました。まず、久しぶりに金沢建築館に行ってみることにしました。行くのは開館以来、2回目のことです。

犀川から見える景色も空気が澄んでいる感じで気持ちよかったですね。


本日は犀川左岸に自転車を留め、建築館まで登ることにしました。




現在行っている企画展「金沢のチカラ」は明日までということで、今回見ることにしました。金沢市街は、戦災にも大きな災害にも会っていないので江戸時代以降の街並みや建築が沢山残っています。「重層する建築文化」という展示のサブタイトルどおり、その重層性に注目したものでした。

一つの展示室の中に、市内の建物の模型や写真が多数並んでおり、建築面での金沢の見どころが見事に集約されていました。保存すべきかどうか意見が分かれた建築物もあったようですが(旧日本生命金沢支社などは残しておいた欲しかったですね)、この辺は「時代の潮流」とも関係があると思います。機能面からすると新しい建物の方が使いやすいのは当然なので、判断は難しいところです。

この展示の写真撮影は許可されていなかったのですが、入口にあった金沢市中心部のジオラマだけは撮影可。こうやってみると、金沢には緑地が多いと実感します。


その後、2階の常設展示の迎賓館赤坂離宮「游心亭」を忠実に再現したスペースへ。この場所に来ると、妙にすがすがしい気分になります。

窓の外に広がる「水庭」も実に良い感じでした。奥の木の紅葉が水面に静かに映っていました。

こちらは再現された茶室。

建築館を出た後は,金沢市街地方面へ。

犀川大橋付近から上流を眺めた写真。

空には色々な形の雲。白い羽といった感じですね。

金沢市内で一つ用事を済ませた後、最後に金沢21世紀美術館へ。本日から長期インスタレーションルームで「アペルト15冨安由真」が始まっていたので観てきました。


部屋に入ると、床には砂がぎっしり敷き詰められていました。部屋の奥に向かって傾斜地のようになっており、中央には壊れかけたような小屋が建っています。その中に「蒼ざめた馬」の絵が額入りで飾られています(タイトルも「蒼ざめた馬」)。作品全体(というか展示室全体)に漂う「何があったのか?」というちょっと不思議な感じに妙にひかれました。砂のジャリジャリした感じ、部屋の床に落ちている天井の一部,照明が時々揺らいだり...ちょっと違和感をくすぐるようなムードがあちこちに漂っていました。「作家ステートメント」の中には、「心霊や夢などを題材に体験型のインスタレーション作品を多く発表しています」といった言葉が書かれていましたが、なるほど夢に出てきそうかも、と思いました。

この長期インスタレーションルームで行っている「アペルト」シリーズですが、毎回、ガラッと雰囲気が変わっており、面白いなぁと感じます。

さて、明日10月31日は金沢マラソン。出発地点ではあれこれ準備が進んでいました。21美から出た後だと、何もかもアートっぽく見えてしまいました。特に...多数の仮設トイレは現代アートにありそう?


街中には「KM」のロゴマークの入った黄色い袋を持った人を多数見かけました。明日も晴れると良いですね。

2020年12月31日木曜日

コロナに明け暮れた2020年の大晦日。例年通り,年越しソバを食べています。先の見えない状況が続く中,良いことを一つでも見つけられるような年になりますように

2月下旬以降,コロナ禍に明け暮れた2020年も,ようやく今年の大晦日となりました。日常の色々な局面で緊張感を持ち続けないといけない生活がダラダラと続き,春も夏も秋も,そして冬もメリハリなく続いている一年でした。そういう年だったからこそ,年の区切りの節目ぐらいは付けたいものです。

というわけで,例年通り大晦日の夜に自宅で「年越しソバ」を食べています。とりあえず「例年通り」ソバを食べられたことを喜ばないといけないのかもしれませんね。

先日買って来たニシンを入れてみました

最後に「良いお年を」と言いたいところですが,今年の場合,どこかそう言いづらい気分がある気がします。例年ならば,期待を込めながらにこやかに「良いお年を」と言えたのですが,今年の場合,「良くなる根拠」がないと,どこか白々しい気もします。

とはいえ何事も心の持ち方次第だと思います。「先の見えない状況が続く中,来年は良いことを一つでも見つけられるような年になりますように」という思いを込めて...良いお年をお迎えください。


2020年2月11日火曜日

ウェブマガジン「毎日、文房具。」の編集長の高橋拓也さん執筆の #小さいノート活用術 を購入。写真とアイデアを眺めているだけで工夫したくなるのですが...個人的には情報のインプット・アウトプット・保存スタイルを模索中

ここ数年、身の回りの情報や思い浮かんだアイデアをどう記録するか、色々と模索しています。次のような感じです。
キーボードを使った文字入力がいちばん速い→ただし、パソコンを起動するのは面倒→かといって、長文の入力用にスマホを使う気にならない(頭が痛くなります)→その辺にある紙にメモする→雑然とした感じになり、紛失しそうになる...
結局、コンパクトなサイズのノートがいちばん使いやすいのでは、と思っていた所、ウェブマガジン「毎日、文房具。」の公式ツィッターに「小さいノート活用術」という新刊の情報が次々と流れてくるので、欲しくなってしまい、某書店で購入してしまいました。
1軒目の書店で見つからないと...何としても欲しくなる,
という法則があてはまるかもしれません。
著者は、このウェブマガジンの編集長の高橋拓也さんで、色々な「小さいノート」の写真とアイデアが詰め込まれています。眺めているだけで工夫したくなります。が、さらに迷い(楽しい迷いでもあるのですが)が増えて来そうです。

そもそも何のためにメモをするのか考えてみると、私の場合大体次の3つです。
(1)情報を加工してアウトプットするため
(2)思い出を記録するため
(3)自己啓発のため

(1)については、主にブログやWebページ用の記事の素材ということになります。また、仕事関係の文章を書いたり、各種記事を書いたり、投書したり...という可能性もあります。いきなりキーボードに向かうよりも、紙の上に書き出した方が情報を整理しやすく、結果として効率的に文章を書くことができます。

この文章もそうなのですが、ざっとメモしたアイデアをもとに、キングジムのPomera DM200で入力しています。Pomeraは、起動時間が非常に速く、キーボードが非常に使いやすいので、最近はほとんど文字入力はほとんどこれを使っています。

(2)については、近年、「何でもかんでも残しておいても、最終的には回りの人が始末に困るのでは?」と思ったりしているので、何か残すならば、精選して取り扱いしやすい形にしておくべきかなと考えています。どう残すかは...今後の課題ですね。

(3)についても、自分の死後まで残しておく必要はない気もしています。そもそも、自己啓発の本については、読むだけではだめで(結構、読むのは好きなのですが)、身につけないと意味がないので、特に保存する必要はないのかもしれませんね。

その他、「小さいノート活用術」にも書かれていた「ToDoリスト」や「買い物リスト」もよく作るのですが、これについては,紙切れに書いて、終わったら捨てるというのを繰り返しています。

というわけで、情報のインプットについては、とりあえずため込むとこと、精選することの2段階が必要と思っています。どんどんため込むには、ノート形式のものが良いのですが、その中から精選したり、使いやすいように整理するにはルーズリーフ形式のものが便利だと思います。その両立に悩んでいます。

情報源としては、本、テレビ、ラジオ、新聞記事、Webページ、他人の言葉などがありますが、その情報源による使い分けも必要です。

本の場合、本そのものにアイデアを書いて、それを保存しておく方が後から探しやすい面もあります。が、残す必要がない場合もあり書き込むかどうか迷います。

新聞記事については、スクラップ帳にするのは結構大変なので...切り抜いたものをしばらく寝かして上で、どうしても残しておきたいものをスクラップするか、書き抜きするというのが良い気がしています。

Webページの記事(新聞のオンライン版というのもありますが)については、オンラインストレージに保存するのが良いと思うのですが...私の場合、スマホを使いこなしていないこともあり、オンラインで保存したものを読み返すことはほとんどなく、死蔵のような感じになってしまいます。これが悩みです(ただし場所をとらないので、大きな問題ではないのですが...)。

後でアウトプット用に「使う」ために情報をためるには、オンラインストレージ上のファイルとして残しておくのが最適という時代になっていると思いますが、ため込む前の試行錯誤の部分については、やはり手書き作業の方が速く、自由度も大きく、結果としてその方が色々なアイデアが出てきます。ひらめいたことや、良いなと思ったことを紙にメモした後、最終形としてデジタルなファイルで残すというような感じになっています。

というわけで、日常的には次のような形が良いのでは、と思っているところです。

(1)ひらめいたアイデアや面白いと思ったことの記録
LIHIT LABのTWIST NOTEのメモサイズに1リーフ1アイデアで記録→後で整理・保存
パステルカラーのものを購入

ただし...
このルーズリーフ型のメモですが、通常のルーズリーフと穴のピッチが違っており、通常のバインダーには綴じることができません。

というわけで、marumanの小型ルーズリーフというのも試しています。問題点は一回り大きいので、洋服の胸ポケットに入らない点です。LIHIT LABの方はミニマムなサイズだと思います。
クロッキー帳のデザインのバインダーを購入
このどちらに統一するかは結構難しいですね。marumanの方が記入できる量が多いので、本や新聞記事のポイントの書き抜き専用に使っても良いのかなと考えています。梅棹忠夫さん提唱の古典的な「情報カード(京大ノートとか呼ばれていたもの)」の代わりのイメージです。この情報ノートについては、学生時代に使っていたことがあるのですが、今の感覚からすると、やや大きい気がします。
微妙に大きさと規格が違っているのですが,ついつい全部試したくなるのが悪い癖です
この情報のインプット以外に、情報の整理、頭の整理、文章のアウトラインの構築...といったことも紙の上で行う方が効率的です。「小さいノート活用術」は、この辺の「技」のカタログになっているので、参考にしてみようと思います。

こういった作業をLIHIT LABのメモ帳で行うのは難しいので、「小さいノート」が良いのですが、人によっては「大きな紙」を使う方が良いという人もいるかもしれません。実は、我が家にはA4サイズの裏紙が沢山あるので、これを使えば良いという説もあるのですが...いつでもどこでもということになると、「小さいノート」が良いのかもしれません。

この「小さいノート」についてですが、実は我が家には、古今書院という出版社が出しているフィールドノートという新書本サイズの小型ノートの在庫が結構沢山(20冊ぐらい)あります。これを使わない手はないということで,これも使っています。


「小さいノート活用術」でも紹介されているコクヨの「測量野帳」とほぼ同様なのですが、一回り大きく、背表紙やスピン(紐状のしおり)がついているのが特徴です。意図して入手したものではないのですが、開くと新書2冊分ぐらいの広さになるので、アイデアを整理したりするのにも使えるので、結構便利です。

問題は...これ以外にも、格好良さそうな「小さなノート」が沢山発売されており、我が家にも使っていない在庫が結構あることです。以上以外にも、B5サイズのノート、ルーズリーフも使っていたりするので、すべてが中途半端な状況になっています。

というわけで、既に色々とため込んだノート類を使いこなせていない点と貧乏性故に(?)なかなか規格を一本化できない点が悩みです。「工夫」という名の泥沼にはまっている感じなのですが,この辺も含めて楽しんでいる状況でもあります。

2019年5月1日水曜日

#令和 最初の日に思ったこと+令和便乗写真集

本日は新しい元号「令和」の最初の日でした。

時間は常に流れるものであり,それを無理に区切る必要はあるのか,と思っていたこともあるのですが,流れるものだからこそ,時々振り返ることにも大きな意味があると最近では思っています。皇室が,645年の「大化」以来,「元号」という制度を続けていることも「考えてみるとすごい」と思います。尊重すべきことと思います。

というわけで,天皇の交代という節目に感じたことなどを綴ってみたいと思います。その後,ここ数日に撮影した「改元にちなんだ写真」のあれこれ紹介したいと思います。

私にとっての皇室の印象は,「品の良さ」を体現した存在というものです。「品の良さ」には色々な定義があると思いますが,努力や無理の上に成り立っている,一種の偽善的なものであることは確かだと思います。

最近は,「偽善」に対して容赦なく突っ込むことの方が偉い時代になってきている気がします。しかし,私自身は「悪」「偽悪」よりは,「偽善」の方がずっと良いと思います。そもそも,誰から見ても「善」ということはないからです。

「品の良さ」といった伝統的な価値観への尊重がどんどん失われていく中,皇室的な存在を盛り立てることを通じて,スタンダードな価値観に対する敬意を持ち,マイナーチェンジを加えつつ,維持していくことが大切なのではと思っています。

そして,新しい天皇陛下や皇室の方々には,まずは日本という国が「しゃんとした国」であり続けることの象徴として活躍を続けていただきたいなと思っています。時間の流れ同様,国境を意識し過ぎることも良くないのかもしれませんが,いきなり世界全体のことを考えるのも不可能なので,まずは「日本」という国単位で,世界から尊敬される国であり続けて欲しいと思っています。

これとは全く違うレベルですが,皇室の方々がゆっくり話されていることも大切なことだと思います。テレビのトーク番組を見ていると,間を置くことを嫌い,ペラペラと臨機応変に言葉が出てくることが重視される時代になってきていることを感じます。が,正しいことや大切なことは言葉を選んでゆっくり語りかけるべきものだと思います。そのことの正しさは,特に上皇陛下の話し方から伝わっていました。これからの時代も,皇室の皆様には,大切なことはゆっくりと語っても良いのだということを体現したような存在であって欲しいと思います。

昨日,平成の30年と4ヶ月が終わったのですが,自分自身を振り返ってみると,激動の時代だったと感じます。就職,結婚,転居,死別,出産が前半に集中し,家族の構成も大きく変わりました。ただし...よくよく考えてみると,30年で変わらないことの方が少ないのかもしれません。考えてみると,変わることの方が当然ですね。いずれにしても,元号の変更をきっかけに,少し足を止めて,30年を振り返ることが出来たのは意義のあることだったと思います。

さて,ここ数日は,平成から令和への切り替えにちなんだ(便乗した)イベント,商品などが目立ちますね。あとから振り返ると面白そうなので,色々と目に留まったものを,コメント付きで記録しておきたいと思います。

酒屋さんの店頭では,平成に感謝しつつ,乾杯を呼びかけていましたので...

日本酒の一升瓶を購入。久しぶりに萬歳楽にしてみました。


関東方面から帰省した子どもからのお土産は,「令和」と書かれた「ひよこ」

ただし,包装紙を取ると普通のひよこでした。

色合いは「紅白」のおめでたい感じになっていました。

本日の新聞広告です。今日からR1ということで,「満を持して」の全面広告ですね。
というわけで,1本買ってきて飲んでみました。

昼食は,正月の余りのお餅+小豆でぜんざい。

食べ終わったところで...家族がスーパーから買ってきたのは小豆の入った餅。相変わらず連携が悪いのですが,甘いものには目がないので,こちらも美味しくいただきました。

最後に「日めくりカレンダー」。今年は,1日1日をしっかり意識しようと「日めくりカレンダー」を使っています。段々と切り口がガタガタになってきていますが,良いものです。

しばらくは至る所で「令和ブーム」が続きそうですね。

2019年4月21日日曜日

ポーラ美術館長 #木島俊介 さんによる「#脇田和 と #猪熊弦一郎」展関連の講演会を #石川県立美術館 で聞いてきました。お二人と直接面識のあった方ならではのお話。似ているようで対照的な作風の秘密が分かりました。

昨日から石川県立美術館で,展覧会「脇田和と猪熊弦一郎」が始まりました。それにちなんで行われた,ポーラ美術館館長の木島俊介さんによる講演会「脇田和と猪熊弦一郞:心の在(ありか)を求めて」を聞いてきました。

この展覧会は,昨日観てきました。脇田和は,石川県にも縁のある画家で,数年前に石川県立美術館に300点以上の作品の寄贈を受けています。その所蔵作品を,同時代に活躍した親交のあった画家の作品と組み合わせて展示するというのが趣旨ということになります。その第1弾が猪熊弦一郎でした。
昨日の写真。快晴でした。


この2人は,ほぼ同時代に活躍した洋画家で,抽象画と具象画の中間的な作品を描いた点で共通するのですが,実際に観てみるとかなり作風が違います。その辺についての話を聞いてみたいと思い,聞きに行くことにしました。

木島さんは現在80歳で,講演の以来を受けるかどうか迷ったそうですが,生前この2人とつき合いのあった人も少なくなりつつあるので,引き受けることにしたとのことです。それと,「金沢が好き」というのも理由とのことです。講演は,実際に直接2人に接した人でなければ語れない内容が満載で,とても面白いものでした。その概要を紹介しましょう。

■2人のポジション

  • 両者とも,具象と抽象の中間をキープした画家。
  • 抽象画については,作者自身も知的に分かっていないものなので,他人が説明するのは難しい。
  • 2人の作品についても,観れば楽しめる。「好き」「嫌い」で判断すれば良い。

■2人との出会いと1960年代のニューヨーク

  • 1964年,木島さんがニューヨークに留学した際に,猪熊氏に初めて会った。その時,脇田氏の次男とも知り合いになった。
  • 当時,グリニッジ・ヴィレッジに住んでいた。当時のニューヨークは音楽,演劇なども盛んで,いちばん良い時代だった。
  • 売れる前のボブ・ディランがいたり,すぐ近所にピーター・ポール・アンド・マリーが住んでおり,熱心に練習していたり,小澤征爾がジャズのベニー・グッドマンと共演していたり,オノ・ヨーコのコンサートに参加したり...

■2人の作品の作り方は対照的

  • 脇田と猪熊の作品の作り方は対照的
  • 脇田は東洋的・日本的。脇田の無意識の世界が絵になって現れたような作風。
  • 脇田が情熱を持って接したモノが無意識の中に沈殿し,心の中で昇華された上で,それが絵に出てきている。(例)気に入った靴が無意識に沈殿。それが鳥の絵になって出てきている(木島さんの考え)
  • 猪熊の方は,西洋的。キリスト教の神は,世界の外側で世界を作り,その中に色々なものが出てきている。猪熊の作風もこれと同様。
  • 色々なもの(混乱)が出てきた後,それらが弁証法的に止揚してさらに高まったもの(秩序)が出てきている。「混乱と秩序」が猪熊の絵を説明するのに一番良い言葉。

■色彩の作り方も対照的

  • 脇田は出したい色を混ぜて作る人。猪熊は生に近い色でコントラストの強い画面を作る人 # 私も実際に絵を観て,そのとおりと思いました。
  • 猪熊は生の色を並べて,ぶつかり合いの効果を出している。
  • 脇田は不透明の絵具をベースに塗った上に,透明な絵具を重ねている(おつゆ描き)。または,下の地色が見えるように硬い筆でカスレを出すように描いている。# 脇田の絵は,「カスカスの感じがするなぁ」と思っていたのですが,説明を聞いてなるほどと思いました。
  • その後,木島さんは「色即是空,空即是色」という言葉を引用して,脇田の作品を説明しました。「脇田の作品は色々なもので成り立っているが,突き詰めると心(=無意識の世界)に行き着く=多即一」とのこと。
  • さらに「分節」という用語を使って,「鳥とか靴とかいろいろなモノがあるが,すべて脇田の心が「分節」して込められたものである」と説明。この辺は結構難解でしたが,言われてみれば,脇田の作品には,どの作品にもベースになる似たトーンがあると感じます。
  • 猪熊作品については,「水晶が互いを照らし会って,無限のものを表現している」といった説明をされていました。多様性と一貫性という点で,共通するものがあるのではと感じました。

■実際の作品をスライドで

  • 最後に,お二人の作品を時代順にスライドでざっと観ました。
  • 猪熊は非常にデッサン力があった。そのことが深さにつながっている。留学時には,ピカソとマチスに出会い,特にマチスの影響を受けた。
  • 脇田は,身近なモノをテーマにした人。そのどれもに脇田が出ている。
  • 猪熊はニューヨークに移住して,作風が変わった。大都市の混乱と秩序を描き,幾何学的に整理されていった。# 今回も展示されていた,この時代の抽象度の作品はどれも垢抜けていて,すっかり気に入りました。
  • ○△□という基本的な形で抽象化している点で,禅に通じるものがある。

■最後に

  • 脇田は,自分の好きなものに執着してそれを集め(木島さんがテヘランで買ったクツを脇田さんがすっかり気に入り,1足(左右セットの片割れだけ)取られてしまったそうです)
  • 猪熊さんは,ごちゃごちゃしたものから秩序を生む人。丸亀にある猪熊弦一郞美術館も,猪熊のおもちゃ箱のよう。子供が喜ぶ美術館とのこと。#話を聞いて,一度行ってみたくなりました
  • 2人は,それぞれ,あるがままに描いた。そして,アートという形でそれぞれの生き方を見せてくれた。美を感じるのは個人だが,それは幸福への誘いである。

間違っている部分もあるかも知れませんが,お二人に直接会ったことのある方だからこそ語ることのできる味わいのあるお話でした。展示の方ももう一度観たいものです。

2018年11月24日土曜日

今朝は快晴の下,「リゴレット」を聞きながら,庭木剪定の後処理。快適に作業が進みました。

本日は快晴。先日,せん定した庭木を何とかしたかったので,朝から頑張って作業をすることにしました。とりあえず,ゴミ袋に入れられるように,枝をカットし,大きな枝は別途処理することに。ただし...以下のような量。これ以外にもありました。
そこで思いついたのが,音楽を聞きながら作業をすることです。近所で農作業をしている人がラジオを聞きながら作業をしていたので,思いつきました。選んだ音楽はヴェルディの「リゴレット」。明日,実演に接するので,その予習も兼ねて聞くことにしました。

その結果は大成功でした。淡々と作業をするのも好きなのですが,音楽を聞きながらだと,時間の使い方に「お得感」が増す感じです。そもそも,自宅で音楽を聞く場合,常に「ながら」になってしまうので,いつもよりも集中して聞けた気もします。

それと色々なアイデアが浮かびます。今回も「これはブログのネタにできそう」と思いながら作業をしていました。

ヴェルディの「リゴレット」は,音だけ聞いても,よく物語が分かります。公爵の声は今日の青空にぴったり。
殺し屋スパラフチーレは声聞くだけで空気感の違いが分かります。その後に対照的なジルダの声が出てくると,救われたような気分になります。というわけで,第2幕の途中まで90分間,一気に作業をした結果...見事に片付きました。



今回作業して思ったのは,道具は大事だということです。我が家には,たまたま,剪定用の小型ハサミと腰掛用のキャスター付きの台ががあったので(数年前までは親がやっていたのですが),あまり疲れることなく作業ができました。

この手で行くと,あれこれ庭作業ができそうなので,次回は庭の落ち葉集めをやってみようかなと考えています。もう一つ気になるのは,「作業用に合う曲はあるのかどうか」ということです。「ヴェルディだったからよかったのか?」「例えば,平均律クラヴィーア曲集全曲とかだったらどうか?」「金沢では謡が空から降ってくる...ということは,謡を聞きながらやってみるか?」色々とアイデアが出てきます。

ただし,音楽に集中し過ぎるのは危険なので(本日も出窓の下に入ってしまい,うっかり頭を打ちかけました),ほどほどにしないといけませんね。

2018年5月21日月曜日

一泊二日で埼玉県へ。ゆるい絆で結ばれた人たちが集まった法事に参加。お年寄りと赤ん坊が,その絆の要なのだなと実感

埼玉県に住む親戚関係の法事が本日(5月21日)に行われたので,昨日から,家族で出かけてきました。
北陸新幹線で大宮駅へ
法事というのは,亡くなった故人を忍ぶためのものなのですが,結果的には,親戚が久しぶりに会うための口実となっているような気がします。強くない絆をつなぎ止めるための機会とも言えるし,「これで会うのも最後...」という場合もあるかと思います。昔は面倒くさいなと思っていたのですが,「ゆるい絆」を持つ人たちが時々会うことは,重要なことではと最近では感じています。

今回の場合,老人を連れての遠出ということで,付き添いの面では大変だったのですが,色々と教訓を感じました。社会的弱者と呼ばれる人たちを標準とした設備の整備の必要性についてです。高齢化がさらに進む日本の将来を考えると,高齢者が移動することを前提とした建物が標準になるべきと感じました。

まず,どの駅も階段だらけで,お年寄りが,上り下りするのは結構大変なことだと実感しました。駅から徒歩5分程度の場所にあるホテルに泊まったのですが,やはり段差や階段が気になりました。今までほとんど気にしていなかったのですが,どの駅でもエレベータを探してしまいました。

今回は,「老人を連れて,老人に会いに行き,さらには1歳未満の赤ん坊を世話をするお母さんにも会う」という旅行だったのですが,車椅子や乳母車で移動できることを前提とした社会になっていくべきと感じました。私自身,今は自由に動き回っていますが,将来必ず恩恵を受けることもあるのだろうな,ということも意識しました。

法事の方も無事終了しました。5年ぶりに会うような人たちばかりという状況では,「ゆるい絆」の要になるのが,お年寄りと赤ん坊だということが分かりました。赤ん坊のやんちゃな動作や可愛らしい仕草に注目が集まり,お年寄りの体調を気遣う。それほど多くない共通の話題の中心は,赤ん坊とお年寄りに集中します。両者とも,みんなでお世話をしてあげないといけないのですが,それが会話のきっかけになっていました。

今回は天候にも恵まれたし,色々な人にも会えたし,有意義な旅行になりました。
以下,旅行の写真を紹介しましょう。
久しぶりに親との旅行ということで...まずは円八のあんころ餅+加賀棒茶
(私の好物というだけですが)
車内誌の「トランヴェール」は読みごたえがありそうだったので,持ち帰りました。


大宮駅前のそごうデパート

大宮駅から宇都宮線に乗車。次の駅の名前は”土呂”。
カタカナ表記が面白かったのでついつい撮影。寿司など食べたくなりますね。

本日の大宮駅。日本ダービーのPRイベントをやっていました。
SNSで拡散してくださいとのことでした。

帰りの新幹線です。いつもと違う「加賀棒ほうじ茶」を発見したので購入

家族の方は車内販売で「加賀さつまいも」のアイスクリームを購入
芋風味をしっかり味わうことができました。

金沢に戻った後,今日の夕食は「軽くうどんを食べたい」
ということで,金沢駅の「白山そば」へ。新しくなってから入るのは実は初めて。
私の方は月見そば。昼食は結構,豪勢だったので,ちょうど良い感じでした。