その内容は,文学作品のテキストを読む一般的な朗読会と一味違ったものでした。作品の内容を分かりやすく紹介し,物語の世界に楽しく入り込んでもらおうという工夫のされたとても面白い内容でしたので,ご紹介しましょう。
平野さんについては,以前,NHKの報道番組のキャスターとしてお顔を拝見した記憶はありましたが,実はあまり強い印象は残っていませんでした。現在は「かたりすと」としての活動に力を入れているようです。この言葉は,恐らく平野さんの造語だと思います。本日のお話を聞いて,「語り部」という言葉を現代的に拡張したような意味なのかなと思いました。
通常の朗読と違っていたのは,物語の導入部分や要所要所で解説的な「地」の文章を自分自身で読んでいたこと,「平家物語」の原文そのものに加え,現代文に読み下した文章を入れていたこと,「地」の文以外では平野さんは台本を暗記しており,役者さんのような感じで舞台上を動きならが,動作を付けながら読んでいた,といった点です。「平家物語」は,もともと語られるための文章ですが,それを現代の感覚を取り入れて,立体的に再構成した一人芝居的な朗読だったと思います。
分かりやすく内容を解説する部分と思い切ってドラマに入り込む部分とがバランスよく組み合わさっていましたので,全く退屈することはなく,気持ちよく物語の世界を楽しむことができました。
我が家にあった「平家物語」の文庫本。 物語の前半に出てくる話です。 |
今回の題材の「仏御前」でした。軍記物として知られる『平家物語』の中では例外的に女性が主役といった部分です。一種のスピンオフドラマといったところでしょうか。ひとことで言うと,時の最高権力者・平清盛が寵愛した白拍子が祇王から仏御前へと移ることが生んだ悲哀のドラマということになります。そして,この仏御前の出身地が現在の石川県小松市です。私自身,よく知らなかったのですが,小松方面では,今もこのお話は語り伝えられているようです。「ご当地もの」ということで,今回取り上げることになったようです。
この仏御前は,清盛の側室になって3年が過ぎた祇王の紹介で清盛の前で舞や歌を披露するのですが,清盛は一目でそちらの方に心が移ってしまいます。白拍子というのは,現在で言うところの「歌って踊れるアイドル歌手」のイメージとのことで,平野さんの”振り”にも,DA PUMPなど振付の要素も入っていました。先輩アイドルが後輩アイドルのことを思いやった結果,反対に自分の立場が危うくなってしまうという悲劇,と言い換えることができそうです。「3年」という年月も,現在の芸能界の栄枯盛衰のスパンと結構一致するのではと思いました。
この日の客席には,平野さんと親交のある,加賀市出身の作家・子母澤類さんもいらっしゃったのですが,今回は,この子母沢さんが書いた「北陸悲恋伝説の地を行く」の中の文章も併せて朗読されてました。『平家物語』での結末と,加賀地方に伝わる伝説の結末は少し違うようでしたが,いずれにしても女性版「盛者必衰」の物語と言えます。平野さんの語りからは,そのことに加えて,凜として生きる女性たちの友情の物語のような雰囲気も伝わってきました。
朗読会の前には,司会の方が聞き手となって平野さんのプロフィールや石川県とのつながりを紹介するようなトークショーが行われました。この中で印象に残ったのは,「かたりすと」という仕事の魅力です。「名作・名文に魂を吹き込み,それが言霊となってお客さんに伝わる...といったイメージの交換を一つの空間で行える。そのイメージは,お客さんの中でいかようにも膨らませてもらえる。命がけで魂を吹き込む仕事はやめられなくなった」といったことを平野さんは語っていました。一人でできてしまう点で,落語にも通じる面がある気がしましたが,平野さんの場合,もっと華やかな雰囲気があるのが特徴だと思います。ちなみに,この日の平野さんの着物は,美しい加賀友禅でした。
平野さんは,トークの中で「石川県好き」ぶりを次々と紹介し,「ちょっと持ち上げすぎでは?」と思うぐらいでしたが,これからも平野さんの石川県内での「かたりすと」活動に注目をしていきたいと思います。
能楽堂周辺はすっきりしていました。考えてみると,お隣にあった建物が 国立工芸館として「移動」してしまっていたのですね。 |