2020年11月7日土曜日

本日は石川県立能楽堂の「加賀宝生の魅力 #ろうそく能 鑑賞会」に参加。#葵上 の般若の面の迫力がさらにアップしていました

本日は午後から,石川県立能楽堂で行われた「加賀宝生の魅力:ろうそく能 鑑賞会」に参加して来ました。

過去,金沢城公園などで薪能ならば観たことはありますが,「ろうそく能」を観るのは今回が初めてでした。能楽堂の舞台の回りに白い紙(?)のシェードに覆われたロウソクが並べられ,薄暗い雰囲気で能を観るというものです。

この雰囲気を一度味わってみたいと思い,今回参加することにしました。ただし,舞台上の照明はある程度残していたので,「少し暗いかな」という程度でした。それでも,揺れるロウソクの炎には,何とも言えない緊張感があり,通常の能とは一味違う雰囲気を味わうことができました。

今回上演された能は,『源氏物語』を題材とした「葵上」でした。私でも名前だけは知っていた名作ですが,これまで観たことはなく,「一度観てみたい」と思ったのが,今回観に来たもう一つの理由です(そういえば,10月上旬,三島由紀夫の『近代能楽集』版の「葵上」のオペラ版も金沢で上演していましたね。こちらも観ることができませんでした)。

まず,今回の公演データです。能に先立って,狂言「子盗人」も上演されました。

加賀宝生の魅力:ろうそく能 鑑賞会

公演日時:2020年11月7日(土)15:30~ 石川県立能楽堂

  • 狂言「子盗人」 盗人:能村祐丞,乳母:清水宗治,主人:炭哲男
  • 能「葵上」 シテ:佐野玄宣,ツレ:葛野りさ,ワキ:平木豊男,ワキツレ:渡貫多聞,間:炭光太郎

「葵上」は,京都の賀茂祭(現・葵祭)での「車争い」で,光源氏の愛人(?)六条御息所がプライドを傷つけられた事件をきっかけとした「鬼女物」の作品です。祭見物のために御息所は牛車の停める場所を先に確保するのですが,その後来た,光源氏の正妻・葵上の牛車と場所を争うことになります。最終的に御息所の車は脇に追いやられて,屈辱を味わうことになります。この部分は,能のストーリーとしては出てきていないのですが,この時味わった屈辱から出た「恨み」が作品の主題となります。葵上への恨みの気持ちが「生霊」化してしまいます。能の前半のシテ(前ジテ)が,この六条御息所の生霊,後半のシテ(後ジテ)が六条御息所の怨霊です。

葵上は,原因不明の物の怪に悩まされるのですが,その正体を突き止めるために,巫女が生霊を呼び出すという場面から能の物語は始まります。ただし,葵上自体は登場せず,舞台の前の方に小袖の着物がペタッと置かれます。タイトルは葵上だけれども実際には登場せず,「葵上への恨み」を体現した生霊だけを見せるというのが面白いところです。

シテの面は,前半が「泥眼」という目の白目部分がやや黄色くなっている怪しげなもの,後半はさらにパワーアップした怨霊となり,「般若」の面になります。般若というのは,実は女性だったのですね。この表情が下からロウソクの光で照らされると,さらに陰影が増し,迫力が増します。面をしながらなので,全般にシテの声は聞き取りにくかったのですが,暗い雰囲気の中での「恨み」の表情や,恨みの思い余って,葵上に襲い掛かろうとする動作には,じっと見入ってしまいました。

今回面白かったのは,ツレの「照日の巫女」役を女性能楽師が担当していたことです。葛野りささんという方が演じていましたが,セリフ回しが音楽のように聞こえて来て,新鮮に感じました。巫女役を女性が演じるというのも合っているなと思いました。

それにしても「人に対する恨み」というのは怖いものです。その人の表情や性格を変えてしまい,他人の命をも奪いかねない負のエネルギーになってしまいます。これは女性に限らないのですが,表情が般若のように一変してしまうというのは,そのことの象徴なのだと思います。最近,仕事の関係で「アンガーマネジメント」に関心を持っているのですが,この作品を観ながら,改めてアンガーマネジメントの重要性を感じると同時に,それをも超えてしまう女心の激しさ(それもこれも光源氏の魅力なのでしょうか)と怖さについてのイマジネーションを(多少,現実を思い出しながら)膨らましてしまいました。

もう一つ上演された,狂言「子盗人」の方は(こちらは「ろうそく」に火入れされる前でしたが),屋敷に忍び込んだ盗人が,奥の座敷に眠っていた可愛らしい乳飲み子を見つけ,あやしているうちに,家の主人が現れて...というお話です。乳飲み子については人形を使っていましたので,「本物が出てこない」という点で,「葵上」と重なる感じがあると思いました。盗人が本来の目的を忘れて,子どもと戯れる辺りにのんびりとした気分があり面白いなぁと思いました。

というわけで,「ろうそく能」については,機会があればまた観てみたいと思います。同様の人が多かったのか,この日の客席は大入り。劇場についての感染拡大防止対策の基準が変わったこともあり,本日は両隣に人が座っていたのですが,こういう状況は久しぶりでした。慣れとは恐ろしいものです。「何となく密だなぁ」と感じてしまいました。その点で,段階的に席数を増やしていっても良いのかもと思いました。

PS.配布された「葵上」の詞章(謡などの文章)を見てみると,「三密」というおなじみの言葉を発見。仏教ではとても重要な意味を持つ言葉のようですね。


能楽堂の廊下から見た,国立工芸館。本日は雨でした。