2020年11月22日日曜日

本日は午後から金沢市文化ホールで行われた第48回泉鏡花文学賞・金沢市民文学賞 授賞式に参加。今月の #100分de名著 の講師 #高樹のぶ子 さんの「小説伊勢物語 業平」が受賞作。平安時代の古典文学入門のようなスピーチも充実。

本日は午後から金沢市文化ホールで行われた泉鏡花文学賞と泉鏡花記念金沢市民文学賞の授賞式に参加して来ました。

両賞ともに48回目ということで半世紀近くの歴史があるのですが,授賞式に参加したのは今回が初めてでした。お目当ては今年の鏡花文学賞の受賞者作「小説伊勢物語 業平」の作者・高樹のぶ子さんでした。現在,この式典にぴったりと合わせるように,NHKのEテレの100分de名著で「伊勢物語」を取り上げているのですが,その講師役が高樹さんです。この番組はほとんどずっと見ているので,「きっと伊勢物語について面白い話をしてくれるはず。これは行くしかない」と思い,参加希望のメールを送り,整理券をもらいました。

式典の方は,15:00~17:00過ぎまでということで,かなり長かったのですが,これは2つの賞(3人の受賞者)の授賞式を行ったことに加え,豪華選考委員による講評,地元合唱団による合唱曲の披露(少人数の合唱でしたが,久しぶりに生で合唱を聞いて,人の声はよいなぁと実感)などがあったためです。ただし,退屈な感じはなく,むしろ48回の歴史を感じさせるような厚みを実感できました。そして,山野金沢市長のあいさつは,いつもどおり爽やか。このバランスも良いと思いました。

市民文学賞を受賞した,栂満智子さんの「ゆきあかり」は,長年書き溜めた短歌を集めた短歌集,松下卓さんの「網野草太郎フラグメンツ」は,「金沢で失踪したジャズピアニスト」を描いた小説とのことです。松下さんの小説の方は,街歩きから書くきっかけを得て書いた作品。松下さんの散歩コースの金沢の犀川下菊橋付近が出てくるなど,個人的に興味があります。是非,読んでみたいなと思いました。

後半は鏡花文学賞の授賞式と高樹さんによる記念スピーチ(立派な講演だと思いました)が行われました。それに先立って,選考委員を代表して,村松友視さんと綿谷りささんによる授賞作についてのスピーチがありました。ちなみに選考委員は,五木寛之,村松友視,金井美恵子,嵐山光三郎,山田詠美,綿谷りさの6名。五木さんと金井さんは欠席されていましたが,これだけの作家がずらっと揃うのもなかなかすごいことだと思います。

村松さんの方は「講評」,綿谷さんの方は「お祝いのことば」という位置づけでしたが,共通していた内容は,高樹さんのオリジナルな文体のことでした。村松さんによると,色々な「語り芸」を合わせたようなインパクトのある文体とのことです。この文体によって,平安時代の古典が現在に息を吹き返したと綿谷さんは語っていました。そもそも,在原業平を描いた小説というのはこれまでなく,そこに着目した点も評価されたようです。もちろん「伊勢物語」をそのまま訳したのでははく,高樹さんならではのフィクションも付け加えた「たくらみ」もあるなど,重層的な作品と言えます。

最後に高樹さんのスピーチがありました。期待通り大変面白く,勉強になる内容でした。まず,高樹さんがまったく原稿を見ずに30分ほど話をされていたのが「さすが!」と思いました。内容もしっかりと整理されており,「伊勢物語」のエキスパートといった貫禄が感じられました。

内容は「伊勢物語」の意義を3つの観点から紹介するというものでした。話を伺っているうちに,「色々な点で業平が日本文化の源流になっているんだなぁ。平安時代の文学は面白そう」という気になってきました。その3つを紹介しましょう。

1つ目は,業平の時代以降,漢字文化から仮名まじりの和歌に移行したということ。業平の時代の前は,漢詩の方が重視されており,仮名による和歌は「知的でない」と評価されていたのですが,業平は,「自分をいちばん表せるのが仮名による和歌」と思い,その方向に邁進します。それが,「古今和歌集」につながり,現代まで残っています(反対に漢詩の方はほとんど残っていません)。

ちなみに「古今和歌集」の「仮名序」には,「心と言葉には密接な関係があること」などが書かれています。紀貫之によるものですが,良いことが書かれていてそうです。こちらも読みたくなりました。

2つ目の意味は,貴種流離譚(きしゅりゅうりたん)の美意識も業平から始まったということ。日本文学には英雄が活躍する「英雄譚」は少なく,権力から離れた人たちの悲しみを描いたような物語の方が多い。業平の話も天皇の血筋を引きながら,都を離れていく話である。その中に,その後,日本文化の伝統となっていく美意識がある,と高樹さんは仰られていました。

3つ目は,業平が日本の「色ごのみ」の最初の人だったということ。万葉時代から「色ごのみ」はあったけれども,最初に認知され記号のようになったのは業平が最初である。ただし,業平は西洋のドン・ジョヴァンニとは全く違う。ドン・ジョヴァンニは恋人のカタログを作って達成感を得るようなハンター的なところがあるが,業平は全身全霊で女性に和歌を送っている点で,対照的。和歌を詠むには非常にエネルギーが必要であり,ドン・ジョヴァンニのように「何千人」というのはあり得ない。業平の場合,女性の方に常に優位性があり,業平が「いい男」になったのは,女性の方からあらゆることを教えてもらったから。女性を信じた幸せな歌詠みとして亡くなったのが業平...といったことをおっしゃられていました。

高樹さんの「小説伊勢物語 業平」は,業平の一生を描いた小説ですが,最期の方は高樹さんの創作も加わっているとのことです。そう考えるとこの終結部が読みどころとも言えそうですね。

最後に,BS朝日のインタビュー番組用に,昨日(!),業平について取材を受けた際,「現在の心境は?」と尋ねられ「もぬけの殻」と答えたというお話がありました。この「もぬけの殻」という言葉ですが,十二単の中から体だけ,するりと抜け出した状態,という意味とのことです。現在の高樹さんは,芥川賞受賞以降,数多く重ねて来ていた着物を全部脱ぎ捨てた状態。近年,古典を題材にした作品を書き始めたが,今回の作品で再生することができた。そのことを高く評価してくれた今回の受賞は大変ありがたかったとのことです。

最後に,「もぬけの殻」について,一度やると楽しいものというお話がありました。サポートがない状態になると自分の実力やあり方が見えてくる。皆さんも是非,「もぬけの殻」をやってみてください,と締められました。

「殻を破る」という言葉はよく聞きますが,虫が脱皮するようなイメージのこの言葉も味わい深い言葉だなと感じました。

というわけで,高樹版「伊勢物語」。是非,読んでみたいものです。高樹さんは,「平安時代は,言葉が実利的な力を持っていた時代だった(その後は武士の時代になり武力にとってかわられてしまう)」という点に注目し,平安時代を書きたいと思ったそうです。講評でも文体の話が出てきましたが,日本人には「五七」のリズム感が続くと心地よくなるという生理があります。高樹さんは今回,それをもとに「あるリズム」をつかむことができたとのことです。どんなリズム感なのでしょうか。こちらも原作を読んでみないと実感できないですね。

というようあわけで,終わってみれば,平安時代の古典文学入門といってもよいお話だったと感じました。

PS. この日は,高樹さん+選考委員の先生方のサイン入り本のプレゼントという企画がありました。結構当選確率は高そう...と期待していたのですが...残念ながらハズレでした。