2020年8月23日日曜日

5か月ぶりにシネモンドで映画を観て来ました。作品は 「パブリック:図書館の奇跡」。閉館時間後も館内に居残ったホームレス利用者と図書館員。最後は予想外の展開でしたが,アメリカの公共図書館の機能が寓話的に示された作品でした。

3月以来,しばらく映画館に出かけていなかったのですが,「パブリック:図書館の奇跡」という面白そうな作品の上映が始まったので,昨日,香林坊のシネモンドで観てきました。

この作品は,エミリオ・エステベス主演・脚本・監督による,オハイオ州シンシナティの公共図書館を舞台にした,「もしかしたら実際に起こるかも」と思わせるような人間ドラマでした。記録的寒波で行き場を亡くしたホームレス約70名が,閉館時間終了後の公共図書館に居残りたいという要望を出します。エステベス演じる,図書館のフロアサービス担当のスチュアートが板挟みになり,結局,「彼らに巻き込まれる」形で,立ちこもりに協力することになります。

ホームレスの利用者自体は非常に穏やかで,スチュアートもとても誠実な職員なのに...政界進出を狙う検察官や受けるニュースを作り上げたいマスコミなどの思惑が交錯し,「犯罪歴のある職員が人質をとって立ちこもり」という大事(おおごと)になってしまいます。スチュアートは,図書館内の「落ち着いた様子」の動画を送信したのに,マスコミは「危険に見える」部分だけを切り取って使います。フェイクニュースはこういう感じで作られるのか,という批判も込められている感じです。

さて,この自体にどう対処していくのか?というのが後半の展開です。

作品のベースにあるのは,アメリカの社会における,ホームレス問題の深刻さだと思いました。自由な競争や自己責任が基本という考え方は,アメリカ社会の基本だと思いますが,それが進み過ぎると,大量の落伍者や立ち直れない人が出てくることになります。その分,公共サービスが人道的な支援を行う必要があるのですが,財政的にそこまでの余裕もない。そのギャップを,公共図書館が知的インフラという面で支えていると言えます。

映画の最初の部分で,毎日,常連のホームレスの利用者が入口で列を作って入館待ちをし,トイレで歯磨きをし,図書館員と会話...といった光景が描かれていました。実際のアメリカの公共図書館の実態も,これに近いのではと思いました。「個性的だけれども,大半の人は穏やかな普通の市民。図書館員との日常的なコミュニケーションもある」といったことがドラマ全体のベースになっていました。それが,作品全体をリアルなものにしていると思いました。

そして,「本の持つ力」「文学作品の持つ力」をしっかりと描いていました。「人質騒動」になってしまった後,スチュアートは,マスコミからの生取材を電話で受けることになるのですが,そこで引用したのが,ジョン・スタインベックの『怒りの葡萄』の中の一節でした。具体的な文面は忘れてしまったのですが,エステベスがこの作品でいちばん言いたかったことが,この『怒りの葡萄』のメッセージにあった気がしました。

ホームレスへの非人道的な扱いに対する怒りを直接的な行動で表現するのではなく,美しい文章として表現することで,より多くの人に訴えることが可能となり,これまで距離をおいて見ていた図書館長までもがスチュアートの「立てこもり」に加わります。ドラマは結局...

**************以下,ネタバレです****************

警官が突入して,全員逮捕ということになるのですが,「怒り」のメッセージを穏やかな形で伝えきったことへの達成感が漂っていました。この部分,警察の強硬突入に対して,全員(70名ぐらい全員!)が素っ裸になって,抵抗の意志がないことを示します。裸になることで,テレビ中継はできなくなり,警察側も手荒なことができなくなる,という見事な策です。が,この部分は,賛否両論でしょう。寒波が来ている中,非現実的な気もしたのですが,インパクトは絶大で,「映画ならでは」という部分でした。

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キャストについては,色々な人の間に置かれて苦労するスチュアートに共感しました。日本社会で描くと,「中間管理職の悲哀」的な感じになるのですが,利用者のプライバシーや権利を守りつつ,民主主義社会の根幹を維持するのに貢献するという図書館員としての誇りが感じられました。彼自身,「図書館に救われた」という過去がその背景にあるからですが,人と人をつなぐ図書館という組織の象徴のような存在になっていると思いました。

その他,刑事役のアレック・ボールドウィン,検察官役のクリスチャン・スレーター(この人がいちばんの悪役でしたね)といった,1980年代から1990年代に「若手二枚目俳優」的存在だった役者さんたちが出ていたのが懐かしかったですね(エステベスもその一人ですね)。それぞれ,人生を重ね,染み出るような個性を感じさせてくれていました。

そして,ホームレスの利用者を中心とした黒人の俳優が大勢登場します。その表情がそれぞれに個性的で,ドラマを盛り上げていました。一般に「ホームレス」の一言でまとめられてしまうことが多いのですが,それぞれの人物にストーリーがあり,変人もいれば,知性や常識もあるという点で,いわゆる「普通の人」と変わりがない(多様性がある点で変わりがない)ということがしっかり描かれていました。

アメリカの公共図書館は,その社会全体の縮図になっており,その中の弱い部分が表面化しやすい部分と言えます。社会的な弱者の立ち直りを知的な面から支援する場であることが映画全体から伝わってきました。映画の中で,「図書館員の仕事は,一日中,好きな本を読める仕事」と誤解している人が出てきましたが,本を通じて,多様な人と人と結びつけ(そこに沢山の苦労があるのですが),その成長を支えるという役割があることを隠しテーマのようにアピールしているような作品だと思いました。最後は予想外の展開でしたが,アメリカ図書館の機能が寓話的に示された作品でした。