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ご覧のとおり満席,大盛況でした。 |
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こんな感じの書棚を背景にトークショーが行われました。 |
1 金沢について
- 金沢には,よく来ています。「川上広見」にも行ってきました(注:「広見」というのは,金沢市の市街地の道路の中で少し広くなっている広場のような場所のことです)。
- 観光地的な場所よりも,商店街や普通の街並みを巡り,その土地で買い物をするのが好き。
- 金沢については,海の傍にあるイメージ。海の気配を感じる。
- また,陰影を感じる。明暗の両方があり,光や意味を感じさせる。金沢の気候や自然は,犀星や鏡花の文学にも,影響を与えていると思う。
2 水が好き
- 川の周辺を歩くのが好き。
- 金沢市についても,市内を川が2本流れているのが良い。
- 考えてみると水が好きなのかもしれない。過去の作品にも,水に関するものが多い。『真鶴』『水声』『蛇を踏む』(芥川賞受賞作)...もそう。
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川上さんの著作がいくつか展示されていました。書籍を販売すれば結構売れた気もします。 |
3 『大きな鳥にさらわれないように』について
(1)この作品を書いたきっかけ
- これまでの作品とは傾向が違う作品である。
- 遠い未来,滅亡しかけている人類が生き延びようとする話。
- 「滅亡」がテーマになったのは,やはり東日本大震災の影響がある。平和に暮らしている中,突然,東日本で震災が起こった。当時,原発のメルトダウンの影響で「東京に住めなくなるかも」という「恐れ」や「無常感」を感じた。「人間の死」や「人類の滅亡」は避けられないものである。人類はどうなるのだろう,ということを思って書いたものである。
- 若い時からSF小説は好きだったが,ある程度,年を取ったから書けたのかもしれない。「生きてきた澱(おり)」のようなものが書かせたのかもしれない(注:この言葉については,最後の質疑応答でももう一度出てきました)。
(2)作品の構成など
- 14の連作から成っている作品である。最初の「形見」だけは,「変愛小説」というテーマで雑誌『群像』に書いたものだった。その時は連作になるとは思っていなかった。
- すべて「私」という一人称が主語となっている。ただし,全部,違う「私」である。
- それぞれ,かなり変わった「未来の人」が語っている形になっている。
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過去の鏡花賞受賞作は全部,こういう形で展示されていました。 |
- 大学時代は国文科ではなく,理系の学部に入学した。
- 昔から読むことは好きだったが,書くことが苦手だった。
- 理科教師になり,一部のオタクっぽい生徒からは好かれたが,幅広く対応するのは苦手だった。授業をするのは好きだった。
- 30歳を過ぎてから小説家になろうと決めた。
5 読書体験
- 日本の小説は苦手だった。
- 児童文学が好きで,『指輪物語』など長いものが好きである。今も『モンテ・クリスト伯』を読んでいる。
- 日本の児童文学については,翻訳がとても良い。村岡花子訳の『赤毛のアン』シリーズはよく読み返している。アンが結婚した後の後半の方が良いと思う。
6 川上さんの作風
- 人間を深く掘り下げて,自意識を描くことは苦手である。「1人」よりは「人間全体」を考えてしまう。
- ただし,『大きな鳥...』では,1人1人を描いた。
- 『神様』(平成11年にいくつか賞を受賞)については,デビュー後約10年近く間を置いて,突然書けたものである。
- 当時,子育てで心配があった。小説の中にその自分を投影でき,オリジナルな作品になった。周りとの違和感を平明な言葉で書くことができた。
- 10年間近く間を置いている間に,いろいろな生活や体験をしたことが「貴重な時間」となった。人生の妙味だと思う。
- 若い頃は,誰もが「自分は選ばれた人間だ」と思うが,やがてそのことは打ち砕かれる。その後,「みんなそうだ」と理解する。その頃の作品である。
6 川上さんの小説作法
- 『大きな鳥...』を執筆する時には,設計図を作った。いつもは作らない。
- 歌人の穂村弘さんは「支配的な気持ちの時は書けない」と言っている。小説の隅から隅まで把握し,支配しようすると閉塞感に満ちたものになる。
- 書き始めの時はいつも支配的な感じになるが,書いているうちにだんだんと力が抜けてくる。小説などの創作をする時には「飛躍」や「連想」のようなものが必要。
- 書きながら行き詰まりを感じるのは仕方がない。とにかく書き続けて,駄作でも完成させることが大切である。その後,それを遂行し続ける。自分自身,アーティストではなく,ゆがみを直していく職人だと思っている。
- 自分の奥に,「理想の私」がいる。それをどう出すかが重要。
- 書くスピード自体はとても速い。が,そのスピードは続かず,1日当たりの執筆量はとても少ない。
7 定型詩の言葉と小説の言葉との違い
- 俳句などの定型詩だと,一つ一つの言葉を探し,磨く。小説で同様のことをすると,文章の流れが止まってしまう。ある程度流れないと小説の場合ダメ。詩人の松浦さん(?)は「小説を書くと言葉が荒れる」と言ったが,それが小説である(注:この辺はちょっと間違って書いているかもしれません。すみません)。
- 犀星の俳句はとても良い。内容だけでなく文字もかわいい。
- 俳句では変な言葉を使うことが多い。(例)「薄氷」と書いて「うすらい」と読む。こういう名前のお菓子もあるとのこと。
8 新作・次作は?
- 日本経済新聞に連載していた小説が完結した。
- 主人公はルツという人物。並行していろいろなルツが出てくる話である。
- パラレルワールドというよりは,「あのときAだったらBだった,あのときCだったら...」という無数の枝分かれを描いたような作品(新聞連載には向かない形)
- 次作については,特に書きたいものがない状況。小説のネタは,温存しておくのではなく,今書いているものに,全部詰め込むというつもりで書いている。
- 次作については,じたばたして,あれこれ書いている断片の中からだんだん出てくるだろう。
9 質疑応答
Q 日記は書いていますか?
A 手帳にメモを付けている。が,あまり続かない。Web上には『東京日記』というのを書いている。
Q 本はどうしていますか?
A 定期的に古書店に取りに来てもらっている。
Q トークの中に出て来た「人生の澱」についてもう少し詳しく
A 澱には,良いものと悪いものがある。大半は垢,涙など他人にそのまま出すものではない。使うためには一工夫が必要である。これを加えると良いものになる。面白いツイッターなども,生活の澱が書かせているのでは。
Q 旅するのに良い場所は?
A 私の場合,どこでも良い。行ったところが好きになる。例えば,金沢の中でも知らない場所に行ってみるのも旅だと思う。
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というわけで,大変分かりやすく,面白い内容でした。取りあえずは『大きな鳥にさらわれないように』を読み終えた後,いくつかその他の作品も読んでみたいなと思いました。
トークショーの後ですが...せっかくなので市内の「川上広見」探しをすることにしました。方角的には,「下菊橋方面」しか分かっておらず,Googleマップなども使えないので(最近,スマホは使っていないので),やや無謀でしたが,道に迷うのを覚悟で自転車で出かけてきました。
その結果ですが...大変苦労しました。「そこらに地図があるだろう」とたかをくくっていたのですが,何もヒントらしいものはありませんでした。
まずはせっかくなので,犀川河畔へ。少し空気は冷たかったのですが,大変気持ちの良い景色が広がっていました。私も川上さん同様,河畔を歩くのが好きです。
ただし河畔まで行ってしまい,さらに上流に行ったのが間違いでした。そのうち,「川上」というバス停が出て来たので,「絶対この付近だろう?」とウロウロしたのですが...「川上広見」は出てきませんでした。
「川上地蔵尊」というのにも巡り合いました。この由来をよく読むと,「川上広見(現菊川二丁目)」と書いてありました。これは上流まで来過ぎたと思い,下菊橋の方に戻ることにしました。
ただし,「せっかくなので」,上菊橋のさらに上流にある,雪見橋も見てきました。写真に写っているよりもっと綺麗に山並みが見えました。
住宅地図です。地図の右下が菊川二丁目です。自転車だと大した距離ではありません。
菊川二丁目に入ってからも少々迷いましたが,表通りのすぐ裏に「川上広見」があるのが分かりました。交差点に次のような掲示がありました。
そして,ついにバス停を発見。すっかり夕暮れ近くになってしまいました。川上「弘美」さんも,わざわざここに来たと思うと嬉しくなりますね。
ちなみにこの「川上広見」のすぐ傍に,横尾忠則が描いた「Y字路」のモデルになった場所がある,と後から分かりました。せっかくならば,その写真も撮影してくれば良かったと後悔しています。ただし,見落とすぐらい,普通っぽい場所でした。