原作は恩田陸さんの同名のベストセラー小説(直木賞と本屋大賞を受賞)で,国際的なピアノ・コンクールに出場する4人の個性的なピアニストに焦点を当てたもので,予選からファイナルまでを丹念に描いています。特に,それぞれのピアニストの演奏を文章で細かく描写している点に凄さのある作品だと思います。プロコフィエフやバルトークのピアノ協奏曲など一般にそれほど親しまれていない作品やコンテストのためのオリジナル作品などを作品の重要な「素材」として使っている点も,他の音楽小説にない点です。
そういう原作をどう映像化したのか?を念頭に置きながら観てきました。印象は...「キャストはイメージどおり」「ストーリーも非常にうまくまとまっている」「ピアノ好きの人には必見かも」というものでした。主要登場人物である4人のコンテスタントは次のようなキャラクターですが,そのキャスティングがぴったりだと思いました。
- 栄伝亜夜(再起をかける元天才少女ピアニスト):松岡茉優
- 高島明石(楽器店勤務の年齢制限ギリギリのピアニスト):松坂桃李
- マサル・カルロス・レヴィ・アナトール(コンクールの大本命。亜夜と幼なじみ):森崎ウィン
- 風間塵(正規の音楽教育を受けていない,自宅にピアノすらない天才ピアニスト):鈴鹿央士
今回はそれぞれのコンテスタントのピアノ演奏部分をプロのピアニストが「吹き替え」ているのも注目だったのですが,それぞれの役者のキャラクターによく合ったピアニストを巧く探してきたなぁと思いました。次のとおりでした。
- 栄伝亜夜: 河村尚子
- 高島明石: 福間洸太朗
- マサル・カルロス・レヴィ・アナトール: 金子三勇士
- 風間塵: 藤田真央
今回はパンフレットも購入してみました |
また,それぞれの演奏した曲の雰囲気の違いがピアニストのキャラクターの違いになっていたと思いました。ファイナルでは,次の曲を演奏していましたが,ぞれぞれに魅力的に響いていました。ピアニストの演奏を撮影するカメラのアングルも変化に富んでいました。
- 栄伝亜夜: プロコフィエフ:ピアノ協奏曲第3番
- マサル・カルロス・レヴィ・アナトール: プロコフィエフ:ピアノ協奏曲第2番
- 風間塵: バルトーク:ピアノ協奏曲第3番
予選で演奏した課題曲「春と修羅」については,カデンツァ部分をそれぞれのコンテスタントがオリジナルのものを演奏するという設定になっていました。その違いが,4人のコンテスタントの個性としてうまく表現されていました。
この部分では,高島明石のカデンツァが,彼がモットーにしている「生活に根ざした音楽」を体現しているようで良いなぁと思いました。宮沢賢治の詩に基づくピアノ曲という設定で,藤倉大さんによるオリジナル曲でしたが,「あめゆじゅとてちてけんじゃ」という印象的なフレーズがうまくメロディ化されているようで,実際に聞いてみたいと思いました。
明石役を演じた,松坂桃李さんは,小説のイメージよりも「二枚目過ぎるかな?」という気はしましたが,明石を取材するテレビチームからインタビューを受けるシーンのリアルさなど,素晴らしい演技力だと思いました。
ドラマ全体の主役は,亜夜役の松岡茉優さんで,映画全体も亜夜の演奏するプロコフィエフのピアノ協奏曲第3番がクライマックスになっていました。ピアニストとしての復帰が実現するかどうか?というストーリー展開とこの曲のスリリングな曲想が合致し,映画の最後の盛り上がりにぴったりでした(コンクールの結果の方は...書かないでおきます)。亜夜のエピソードでは,「天才少女」時代,亡き母と連弾をするノスタルジックなシーンも印象的でした。
王道を行くピアニスト マサル,作品のタイトルを具現化したような自然児ピアニスト,風間塵も雰囲気どおりでした。ただし,さすがに風間塵の方は,映像だけで天才性を表現するのは難しいかなと感じました。亜夜とマサルについては,ファイナルの協奏曲を準備する中で,色々な葛藤が描かれるのですが(指揮者役の鹿賀丈史さんが,若者の前に壁となって立ちふさがる巨匠的な役柄で,展開を盛り上げていました),塵については,常に苦労を感じさせない天才のような感じで描かれていたので,その分,ちょっと存在感が薄くなっていた気がしました。
コンクールのファイナルの最中,皆で砂丘に出かけるシーンが出てくるのですが,このシーンは,作品のテーマと言っても良い「世界は音楽であふれている。世界が鳴っている」といったフレーズを支える部分になっており,印象的でした。
そして,この映画で良かったのは(小説でもそうだったのですが),コンクールを運営する大人たち,ピアニストを支え,見守る大人たちを,とても暖かく描いていた点です。子どもの頃から亜矢を知るステージマネージャー(平田満さん,本当に良い味が出ていました)が,いつも変わらぬ平静さで袖から送り出したり,クローク係の片桐はいりさん(セリフはなかったかも)の表情からは,ピアノ演奏が好きでたまらない雰囲気がにじみでていました。その他,練習場所を提供してくれるピアノ修理職人,明石の演奏を見守る妻と誇らしげに見守る子どもなど,原作の雰囲気がうまく映像化されていると思いました。
もう一つ重要なのが,審査員のグループです。ピアノの世界の酸いも甘いも知り尽くしたような審査委員長役の斎藤由貴さんもぴったりのキャスティングだと思いました(浜松のピアノコンクールでの小川典子さんのイメージなのでしょうか)。日常的な生活感はないけれども,どこか生活に疲れた空気を漂わせているあたり,斎藤さんならではだと思いました。そして,コンテストを通じて,コンテスタントだけではなく,審査員も成長(「ギフト」という言葉を使っていました)している辺りにこの作品の真骨頂があると感じました。
映画全体としては,予想よりも地味な印象を持ったのですが,その分,架空のコンテストを描いているのに,その中に観ている方が参加しているような,自然なリアルさを感じました。原作を読んで楽しんだ方は,映画の方も同様に楽しめるのではないかと思います。
PS. 何か良いことが書いてあるかも?と思い,今回はプログラムも購入。光沢のある黒は,ピアノのイメージですね。
ちなみに原作の表紙も緑色のジャケットを取ると,ピアノのイメージになります。
表紙を開くと,白鍵のイメージになります。この辺は,文庫本では表現できないところですね。
ちなみに,今回ピアノ担当をした4人については,実演で聞いたことがあります。調べてみると,全員からサインをいただいていました。結構貴重かもしれませんね。