平成最後の日,香林坊スクエアにあるシネモンドで映画「マイ・ブックショップ」を観てきました。作品の内容は,期待どおりでした。少しアンティークな雰囲気のある書店や本好きの方にはぴったりの作品だと思います。その内容を紹介しましょう。
作品は,イギリス東部の海辺の小さな町に書店を建てる戦争未亡人のお話です。当時,この町には,書店は一軒もなく,町の雰囲気も見るからに寒々とした映像で描かれていました。この暗い雰囲気は冬の日本海側の気候になじんだ人には,特にしっくりと来たのではないかと思います。そこに住む人たちも保守的です。この保守性との戦いがストーリーの中心でした。
主人公のフローレンスは,その「戦い」の中,亡き夫との夢だった書店をこの町に開こうとします。そして,町の有力者,ガマート夫人の嫌がらせに遭いながらも,「The Old house」という,文字どおりの古い家を改装し,雰囲気の良い書店を開店させます。この書店の雰囲気は,金沢にある,オヨヨ書林せせらぎ通り店をイメージさせるようなところがある気がしました。
ただし,完成してめでたしめでたし,というわけには行きません。開店後もガマート夫人の嫌がらせは続き...という展開がドラマの一つの柱です。
もう一つの柱は,フローレンスを支援する人たちとの本を媒介とした「つながり」です。まず,フローレンスを演じる,エミリー・モーティマーという女優さんの持つ雰囲気が素晴らしかったですね。静かだけれども強さをもった眼差し。一見素朴だけれども,常に先進的な書物を紹介しようとする知的な雰囲気。40年も邸宅に引きこもったままの読書好きの老紳士ブランディッシュが惹かれていくのも納得です。この役は,ビル・ナイという俳優が演じていましたが,知的で厳格な雰囲気とその裏に潜む優しさが表現されており,はまり役だったのでは,と思いました。
フローレンスがブランディッシュに紹介する本は,実在の本でした。レイ・ブラッドベリの『華氏451度』とナボコフの『ロリータ』が出てきました。1959年頃の新刊本だったのでしょうか。ブランディッシュ氏の邸宅に新しく入った本を配達するシーンがあったのですが,紙包みを開けると新しい本が出てくる時のワクワクさせる雰囲気が印象的でした。両方とも有名な作品ですが,実は私自身読んだことはありません。どういう作品なのか,一部だけでも読んでみたくなりました。
フローレンスの店で,「小学生アルバイト」として働くクリスティーンも印象的でした。
***以下,ネタバレになります***
最後の部分で,物語全体のナレーションが大人になってからのクリスティーンだったということが分かります。ブランディッシュ氏は,フローレンスのことを「勇気のある人だ」と評するのですが,その強さがクリスティーンに引き継がれていくことになります。フローレンスの書店自体は,ガマート夫人の圧力に屈する形で閉じざるを得なくなるので(そして,そのことを悔しく思ったクリスティーンは何と書店を焼き払ってしまうのですが),ドラマ自体は,「悲しい結末」と言えますが,クリスティーンが精神を引き継いだことで溜飲が下がるところがあります。
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というようなわけで,ストーリー展開も映像もかなり地味なのですが,それだからこそ,「本」というメディアの持つ魅力と力が伝わってくる気がしました。インターネット上に情報が氾濫し,世界中どこでも大量の情報に接することできるのが現代です。しかし,情報ルートが限られていた1950年代の,「この本を気に入ってくれるだろうか?いや,きっと気に入ってくれるはず...」と気にしながら,新刊本を紙包みに入れてお客さんの家まで配達するようなスタイルの方が1冊ずつの本は深く読まれていた気もします。この店主と読者の静かで強いつながりに感銘を受けました。
その一方,これは現代の日本でも同様だと思いますが,情報が限られた世界が生み出す「保守性」の怖さもしっかりと伝わってきました。
この両者の間で不器用に生きていくヒロインの姿がとても美しく,魅力的に描かれていました。繰り返し観たくなるような味わい深い作品だと思いました。