2017年3月25日土曜日

村上春樹『騎士団長殺し』読了。”いつものようなキャラ”がクリアかつミステリアスに絡み合う長編ならではの堂々たる展開。迫真のアートが持つミステリアスな力がドラマの中心

村上春樹の7年振りの長編小説『騎士団長殺し』を読み終えました。『1Q84』よりは短かったのですが,第1部,第2部の中には,いつもどおり,音楽,料理,本,歴史などの情報がしっかりと盛り込まれており,複雑でミステリアスなストーリーをクリアに伝えようとする,いつもながらの充実感を感じさせてくれました。
読む人によっては,「いつもと同じようなキャラが,いつもと同じように飲み食いして,音楽を聞いて,不倫をして...」と感じたかもしれませんが,個人的にはそこが良いと思いました。長編ならではの堂々たる展開です。

主人公は,美大卒の腕の良い肖像画家(30代)です。妻が突然出て行った後,車で「みちのく一人旅」みたいなことをし,その後,主人公の友人の父親(雨田具彦(ともひこ)という有名な画家。入院中)が住んでいた小田原にある家で暮らすことになります。この雨田具彦が描いた日本画が小説のタイトルになっている『騎士団長殺し』です。主人公(考えてみると...名前は明記されていません)が屋根裏部屋にあったこの,「知られざる傑作」を発見してから,色々な物語が動き始めます。

第1部と第2部には,それぞれ「顕れるイデア編」「遷ろうメタファー編」というサブタイトルが付いています。「イデア」「メタファー」といった用語は,通常,小説の中で直接使われることはなく,研究者や評論家が使う用語です。こういった生硬な言葉を意図的に使っている点が,不思議な味になっています。

登場するキャラクターについても,「自己模倣か?」と思わせるほど,「いつものキャラ」が勢揃いしています。

***以下,内容に触れます****

主人公は,村上さんの小説によく出てくるサラリーマンではない,ちょっと内向的で規則正しい生活をしているプレーンでニュートラルな感じの人物。画家という点が,これまでになかった点ですが,しっかりとした専門職的なメソッドを身につけている辺りが「いつもどおり」です。村上さんの分身的なキャラなのかもしれません。

この主人公の妻が,急にいなくなり,主人公が喪失感を感じるというのも,「よくありそう」です。「死に行く老人キャラ(雨田具彦)」,「完璧な紳士だけれども善悪が判別しない,謎めいていて,立派な家に住む,グレート・ギャツビー風キャラ(免色渉)」,「主人公と深く通じ合う美少女キャラ(秋川まりえ)」など,過去の作品にも似たようなキャラクターが登場していたことを思い出します。特に「老人キャラ」との遭遇の後,異次元空間に入って行くという展開は『1Q84』と似ています。

さらに主人公は,お金はなくても,結構もてて,主婦と昼下がりの情事...というのもいつものパターンです。「本物のような夢」の中での性交というのも毎回のように出てきて,重要な意味を持ちます。劇中劇のような感じで,第2次世界大戦の時のエピソードがところどころで挟み込まれるのも,『ねじまき鳥クロニクル』などと似ているかもしれません。村上作品のキーワードになっている「井戸」のような場所に下りていくというのも,毎回のように出てきますね。

ドラマの展開自体は,『1Q84』のようにパラレルに進むわけではないのですが,途中,やはり,主人公と秋川まりえとがパラレルに行動するような部分が出てきます。

そして,主人公はLPレコードでクラシック音楽を聞き,ウィスキーを飲み,手早く料理をします。これだけ,いつものパターンが揃っているのに,しっかりと読ませるというのは,さすが村上春樹さんですね。一種,中毒性のある魅力と言えるかもしれません。

文章の方も,いつもどおりクリアで具体的な描写が特徴的ですが,今回は,異様に説明的なのが目につきます。ちょっと理屈っぽいかなと思わせるぐらいに,カッコ書きで細かく補足をしている部分が沢山出てきます。あいまいさを無くそうという点が徹底しています。

このクリアで読みやすい文章を読んでいるうちに,いつの間にか各キャラクターが絡みあい,次第に夢の中の出来事のようなミステリアスな物語に入って行くあたりが真骨頂でしょうか。心の中の闇と理性との戦いのような描写も,何だか分からないけれども惹かれます。「文章明晰でミステリアス」というのもいつものパターンです。多くの読者はこれを期待しているのだと思います。

今回の作品のいちばんの特徴は,やはり画家が主人公である点だと思います。形を描くだけではなく,対象の本質を抽出し,作品として描き出す「アートの力」のようなものが伝わってきます。雨田具彦の描いた『騎士団長殺し』(オペラ『ドン・ジョヴァンニ』の一場面を日本画として描いた作品)の持つ力がドラマ全体のエンジンになっています。

この作品に描かれている「イデア」が絵から出てきて主人公に語りかけたり(他の人には見えない),モノとモノをつなげる通路としての「メタファー」が人物として絵から出てくるというのは,難解でしたが,この作品独自の深さを感じさせる部分だと思いました。「目に見えるすべては,結局関連性の産物」といったセリフも印象に残りました。

というようなわけで,この小説は,村上春樹さんの長編小説のいつものフォーマットやメソッドにしっかりと則りつつ,いくつかの新機軸を加えた作品と言えます。その中から,迫真のアートが持つミステリアスな力がリアルに伝わってきます。一種,村上作品の典型的な作品であり,総決算と言っても良い作品のように感じました。

PS. 近年の村上作品では,「どんなクラシック音楽が使われているか?」が話題になりますが,この作品については,音楽よりも絵画の方が主役なので,ほぼBGM的な扱いのような感じです。それでも,R.シュトラウスの楽劇『ばらの騎士』は何回も登場してきたので,話題になるかもしれません。ショルティ指揮ウィーン・フィルによるLPというのは,意表を突くものでしたね。