2015年1月18日日曜日

本谷有希子トークショー「目を逸らさない練習」を聞いてきました。「日常の「わだかまり」を大切にし,それを作品に」「答えは読み手に考えてもらう」 これからも目の離せない作家だと思いました。

石川県白山市出身の作家・本谷有希子さんのトークショーが出身地のすぐそばの松任学習センターで行われたので参加してきました。

本谷さんの作品は読んだことはなかったのですが,昨年,三島由紀夫賞を受賞するなど,注目が高まっている方ですので,ずっと気になっていました。今回は生でそのお話を聞ける絶好の機会ということで(それと,きっとサイン会もあるだろうと予想して),車で30分ほど掛けて出かけてきました。

トークショーでは,本谷さんの小説に対する考え方をしっかり聞くことができました。フロアからの質問をきっかけに,話をどんどん深めていくあたり,やはり,ライブを得意とする演劇の人だなぁと思いました。

今回は白山市の職員の方との対談形式でした。話は自然につながり,キラリと光る言葉が沢山残るトークショーとなりました。途中,本谷さん自身による朗読が入ったのも良かったと思います。

メモを取りながら聞いていたので,その概要を箇条書きで紹介しましょう(小見出しは私の方で勝手に付けたものです)。

■近況
  • 19歳から13年間やってきた演劇については,ルーティーン化してきたので,現在は少し距離を置いている。
  • 2013年に結婚し,昨年は三島由紀夫賞を受賞
  • 今年は厄年。毎日,神棚に向かっています。
  • 現在は,小説を書く「前の前」ぐらいの段階で,バリバリと書いているわけではい。
■小説作法
  • 以前は人を決めてプロットを書いていたが,今はそうではない。
  • 小説を書くためのしっかりとした方法論は持っていない。
  • 自分がどう生きて,どう感じているかから始め,その後,それをどうすれば読んでもらえるかを考えているので,作品を書くのに時間がかかる。
  • 最近,「小説を書いてくれるアプリ」の話題があったが,それでは良い小説は書けないだろう。
  • 小説を書くことは「運動」である。波に乗ったり沈んだり,運動に身をゆだねて書くものである。そうでないと,どれもどこかで見たことのあるものになる。しかし,そこが大変である。
  • 以前は「頭の中」で書いていたので,身体の描写が少なかった。その描写がないと生きているものにならない。
  • 現在はパソコンを使って書くことが多いが,運動をした後,書き始め,景色なども見るようにしている。
■地元の思い出
  • 高校卒業後,地元が嫌ですぐ東京に行ったので,家と学校を往復が中心だった。
  • 金沢といえば食の話題が出ることが多いが,「8番らーめん」ぐらいしか知らない。
  • 結婚後,家族とのつながりが増えてきたので,故郷のイメージが変わって来ているところである。
  • 中学校の時はテニス部だったが,高校で演劇部に入り「おかしく」なった。
その後,中学校3年生の時,松任の姉妹都市に派遣された時に本谷さんが書いた文章が披露されました。本谷さんは,「今ならこういう書き方はしない」と言っていましたが,さすがだなぁという文章だともいました。

■演劇の世界へ
  • 10代の時は何かを表現したいと思い,演劇の世界に入った。今,表現の手段としてYou Tubeが活発に使われている理由がよくわかる。注目されることばかり考えて演劇をやっていた。
  • ただし,自分は表に出て演ずる方ではないと思い,演出をやっていた。
■東京へ
  • 高校卒業後,大学へは行かなかった。大学というものを信じておらず,全く行く気持ちはなかった。
  • 今はそう思わない。勉強や学歴に対する引け目のようなものがある。とても素敵な場所かも...と感じている。
  • 上京する時は,①連帯保証人になるな,②風俗の仕事はするな,の2カ条を守ることで親の反対を押し切った。
■演劇学校時代
  • 演劇学校で脚本を書いて松尾スズキや宮沢章夫に見てもらったところ,「役者よりも,書く方が良い」と認められた。
  • 早い段階で役者に見切りをつけた判断は良かった。
  • 劇場は緊張感が漂う場所である。トントン拍子に成功しているように見えたかもしれないが,手応えが感じられるような成功はそれほどない。心が串刺しになるような経験もあった。
■演出について
  • (「19歳の人が演出をするというのがすごい」という問いに対し)自分の書いた戯曲は自分がいちばんわかっているはず」と言い聞かせて演出をした。
  • 「相手のセリフを聞いてください」と言い続けるだけのシンプルな演出である。
  • 役者の方は「聞いているつもり」になっているので,なかなか理解してもらえず,時間がかかる。
その後,本谷さんが最近の自作を朗読されました。朗読されたのは,2014年1月「新潮」に発表された「トモ子のバームクーヘン」という作品でした。やや早口だったので,最初の方はストーリーについていけなかったのですが(実は,私自身,小説を読むのがとても苦手です),日常生活の中に潜む,ちょっと不思議な感覚をくっきりと描写したような作品でした。

■小説で表現するもの
  • 「トモ子のバームクーヘン」で描いたような世界は誰でも経験があるのではないか(やはり,こういうことに敏感なことが文学者ならではだと思います)。
  • 鏡を見ているうちに,自分が知らない人に見えてくるといった怖さ。知っているはずの自分が知らないものになる。「何かがある」といった感覚を大きくさせて作った小説である。
  • 日常の一つ下の層に何か怖いものがある。それを物語にするのが小説家である。
  • 「「あたり前の日常が続かない」という点で3.11に通じるものがあるのでは?」という司会者の問いに対し「そうかもしれない」と答えつつ,「答えを出さないようにしている」。
  • この作品はドイツで翻訳されて朗読されたことがある。そのとき,日常の下の怖いものの感覚は世界共通ではないと感じた。自分では意識していなかったが,「日本人女性は言うことをいえず,母親を演ずることが多いということが表現されているのか?」といった質問をされたりした。
■身体感覚の希薄化について
  • 身体がいちばん大事なはずなのに,ネット時代になり,身体感覚が失われてきていると感じる。生きている感覚が薄まっている。
  • 1980年代の原宿のファッションについて文章を書く仕事があったので,当時の写真を見る機会があった。そこには身体があった。傷やコンプレックスを持ちながらも,表現している人が集まっていた。現在の原宿には,変な格好をした人はなく,みんな同じような格好をしている。
  • 現在流行しているコスプレは,他のキャラになることなので自己表現と言えるのか?ちょっとちがうのでは。1980年代はオリジナルになろうとしていた。
  • 当時は本当の血を流していたが,今は実体のない世界になっているところがある。身体感覚が希薄化していることが不安につながっているのでは。
■「わだかまり」を目を逸らさずに見ること
  • 「自分がどういったことにわだかまっているか?どう思っているか?」に敏感になるべき。そういった感覚を目に見えるようにするのが小説。
  • 最近あった「わだかまり」の例を紹介。話と合わない人とたまたま食事。凍りついたような雰囲気だったが,記念撮影した写真をみてみると,すごく楽しそう。このウソの空気は何だろう?とずっとわだかまりがあった。
  • そのわだかまりの理由を考えた。それは「ひけらかし」ではないか。楽しいことをネットにアップして「ひけらかす」ことを無意識に考えてしまう。その瞬間,下品になる。
  • こういった「わだかまり」は財産でもある。わだかまりを,解決せずに残しておくこと。目を逸らさずに持ち続けることが重要である。
  • 小説に答を書いてはダメ。あとは読者に考えてもらうべきである。
  • わだかまれるだけの筋肉をつけておく必要がある。そのこと人間性を高めることにも役立つのではないか。
■質疑応答
(Q1) 宗教について 
  現在,仏教に興味がある。最後に「無」になる点が他の宗教との違いである。

(Q2)最近読んだマンガで何か面白いものはあったか?
  最近はあまり読んでいない。最近読んだ小説では,多和田葉子「献灯使」,ネイサン・イングランダー著「アンネ・フランクについて語るときに僕たちの語ること」が面白かった。

(Q3)「自分を好きになる方法」(ある女性の6つの年齢での日常を切り取って描いた作品)では,なぜ,16歳,28歳...3歳,63歳の順番にしたのか?また,ひとつだけ男性が出てくる年齢があるのはなぜか(作品を読んでないので間違っているかも)?
  この作品は,「運動」の中でバラバラに書いた作品。「生き物」として自然な場所を探したらこうなった。人間は自分以外の他者を求めている。どこで求めるか定義づけて書いた。

■「アナと雪の女王」について
 「自分を好きになる方法」の話の流れで「三つ子の魂」の話題になった後,「ありのままで」というキーワードが出てきた。その後,「アナ雪現象」が嫌いという話題に...
  • 「ありのままの自分」があるという考えは,おこがましいのではないか。言うほど「自分」というものはないと思う。
  • ありのまま自分があれば幸せかもしれないが,「ある」という前提で語られているのは変。
  • 人間というのは,先天的な人間性の上に日常で加わった後天的な魂が乗っているものでは?「ありのまま」というのも後天的なもので,変われると思う。

かなり長くなりましたが,このような充実した内容のトークでした。

今回,本谷さんの話を聞いて,自分の感覚に徹底してこだわる「鋭さ」と同時に「たくましさ」を持った方だなぁと思いました。話の内容もなるほどという内容ばかりでしたので,これからも本谷さんの活躍には注目していきたいと思います。

トークショーの後,「本をお買い上げの方を対象にサイン会を行います」ということでしたので,参加してきました。ちょっと実用書っぽいタイトルですが,どういう人生が描かれているのか読んでみたいと思います。
なかなか独創的なサインでした。

さらに...お土産に松任名物の「圓八のあんころ餅」