名ピアニスト,アルフレッド・ブレンデルさんが先月6月17日,94歳で亡くなられました。個人的な思い出としては,私がクラシック音楽を聴き始めた1970年代からCDを最もよく聴いていた1990年代までを中心に,ず~っとクラシック音楽の世界のメインストリームを歩んでいた「ザ・スタンダード」といった存在でした。
もちろん「ブレンデルだけ」の時代ではなく,レコード会社ごとに中心的なスター・ピアニストが今よりずっと鮮明に存在していた時代でした。ドイツ・グラモフォンのポリーニとアルゲリッチ,ロンドンのアシュケナージといった同様のピアニストが毎月のように新譜録音を出し,愛好家の方は「レコード芸術」を熱心に読んでいました(ただし学生だった頃はLPを買っていたわけではなく,NHK-FMのクラシック音楽番組でエアチェックという形でしたが)。そういった時代の空気感も懐かしく感じます。
ブレンデルさんの実演に接したことはありませんが,どの演奏もきちんと整っていて,「大学の先生」といった感じでした。全集(的)な録音の多さでは,アシュケナージと双璧だったと思います。今回の訃報をきっかけに,持っていたCDを色々と聞き返しているのですが,見事にワインレッドばかりになりました。今はなきフィリップス・レーベルは良かったなぁと懐かしくなります。
というわけでいくつか紹介しましょう。まずはベートーヴェンのピアノ・ソナタ。1970年代録音の三大ソナタと1990年代録音。すべて中古で買ったものですが,特に1970年代のベートーヴェンが良いですね。深さと軽妙さ,抒情性と構築感のバランスが素晴らしくて安心して楽しめます。1990年代の方は,良くも悪くも「頑固さ」が出てきている感じがします。
モーツァルトについては,ネヴィル・マリナーとのピアノ協奏曲全集の方がスタンダードかもしれませんが,個人的に思い出深いのは,「トルコ行進曲」付きのソナタの録音。私が中学生の頃,FMで初めて聴いた(録音した)のこの曲の演奏がブレンデル盤でした。美しい完成品といった感じの模範的な演奏だけど冷たい感じもなく,聞き飽きない演奏だと思います。
シューベルトについては,「レコード芸術」誌での「曲ごとにベスト盤を競うような企画(こういう企画自体,懐かしいですね)では,ブレンデルのシューベルトはいつも上位でした。甘くなり過ぎない,真面目さの漂う抒情性はシューベルトにぴったりかもしれません。持っているのは即興曲集。これも1970年代にFMで聴いた記憶があり,後からCDで買ったものです。しゃきっとして崩れないけれども,堅くなりすぎない美しさがあるのが良いですね。
そしてシューベルトのピアノ五重奏曲「ます」。クリーブランド弦楽四重奏団(の中の3人+コントラバス奏者)との共演ですが,カバーの写真を見ると,1970年代の大学生と先生(ブレンデル)といった雰囲気。確かレコード・アカデミー賞を取った盤だったと思いますが,シャキッとした推進力のある,いつまでも新鮮で生きの良い「ます」です。
結局のところ,私がクラシックを聴き始めた1970年代後半の録音ばかりになってしまいましたが,私に取ってのブレンデルはそれらの録音とともに「永遠に不滅」なアーティストです。昔を振り返ることが多い年代になってきましたが,そう考えるとやはり形のある音盤の方が愛着がわきやすく,オリジナルのジャケット写真というのは重要だなと感じます。少しずつ「整理」することは必要ですが,音盤集めは一生続くのかなと思います。