2014年10月12日日曜日

有栖川有栖講演会「ミステリーと怪談・落語」を石川県立図書館で聞いてきました。

台風が来る前の快晴の金沢。少し風は強かったけれども,今日は色々なイベントを行うのに丁度よい気候でした。金沢21世紀美術館周辺やしいのき迎賓館の回りには,いろいろな店が出ており,楽しげな雰囲気になっていました。
 
しいのき迎賓館の裏側
クラフト関係の店が多数出ていました。


その中を通り抜け,午後から石川県立図書館で兼六園周辺文化の森ミュージアムウィークの協賛企画として行われた,小説家・有栖川有栖氏の講演会を聞いてきました。県立図書館ではここ数年,この時期にミステリー関係の作家や翻訳家を招いて講演会を行っています。毎回とても面白い内容なので,今回も参加していました。


実は,私自身,有栖川さんの本を1冊も読んだことはなかったのですが,今回は有栖川さんの具体的な小説についての講演ではなく,もう少し一般的な内容だったので,予備知識無しでも十分に楽しめました。

今回のテーマは,「ミステリーと怪談や落語には共通点がある」というものでした。このテーマについて,有栖川さんの考えを具体例を交えて説明しながら,ミステリーの面白さを知ってもらおうというという内容でした。

大変面白かったこともあり,今回は結構しっかりメモを取りながら聞きました。その概要を紹介しましょう(以下は,私が勝手に分けたものです)。

1 ミステリーの定義まず,テーマが「ミステリー」ですので,その定義について,色々な人の定義が紹介されました(ちなみに,今回は「ミステリー」と「推理小説」は特に区別されていないようでした。)。
  • 江戸川乱歩の定義:犯罪に関する難解な秘密が徐々に解かれる経路の面白さを楽しむもの(正確な引用ではないと思いますが,これが有名なのだそうです)。
  • 土屋隆夫の定義:推理小説は次のような割算の文学である。 事件÷推理=解決(余りが出るののはNG)
有栖川さんは,こういった定義に加え「いろいろ捜査をしているうちに解決するハードボイルド小説」みたいなものも含めるため次のような式で表現できるもの,と考えています。

謎×(捜査+推理)=真相

土屋さんの定義と似たところもありますが,掛け算にして,大きく広がるようなのがポイントです。「捜査」と「推理」のどちらに重みを置くかでミステリーの性格もかなり違ってきます。例えば,「捜査」が多いと松本清張のような感じになります。

その後は,「ミステリー」「怪談」「落語」の共通点についての説明となりました。

2 怪談と落語の共通点
  • そもそも,恐怖と笑いは紙一重である。例えば,日本の怪談の「むじな」は,従来は「怖い話」だったが,最近では「面白い話」として分類されることもある。
  • どちらも「語り物」である。
  • ちなみに怪談は,興行が振るわなくなる「8月」にやるのに相応しい演目として語られるようになった。
3 怪談とミステリーの共通点
  • ミステリーの「親」は3人いる。「頓智話」「中国に昔からあったお裁きの話」そして「怪談」である。ミステリーの直接的な親のようなものである。
  • 最初の推理小説は,エドガー・アラン・ポーの「モルグ街の殺人事件」(1841年)
  • その前にイギリスでは「ゴシック小説」と呼ばれる分野の流行があった。ゴシック小説というのは,やや威圧的でダークな要素,恐怖,グロテスクなものを含んだ小説で,イギリスにはないような「ヨーロッパの古城」(見たことがないのに想像で書くことが多い)など出てくるような小説。
  • 1700年代の産業革命が起こり,蒸気機関車などが登場してくると,「ゴシック」的なものが馬鹿らしく,古臭くなってしまった。
  • しかし,それでもこういった幻想的なものへの関心は残る。そこで出てきたのが,「怪しく神秘的なものを近代的な合理的な精神によって解き明かす小説=ミステリー」
4 落語とミステリーの共通点
  • どちらも都市で発生したものである。
  • どちらも「専門知識」は不要だが,読み手に「常識」がないと楽しめない。ミステリーを読めば読むほど,常識が豊かになる。
  • どちらも「謎解き」で終わる。「謎」とは「それを聞かないとマイナスの感情が残るもの」
  • ここで桂枝雀さんの著作を基に,落語のサゲは,次の4つに分類されることについて説明。①ヘン,②合わせ,③どんでん,④謎解き
# この出典ですが,調べてみたら,桂枝雀『らくごDE枝雀』(ちくま文庫)に載っていました(なぜか,この本を持っていました)。
# この辺の説明は大変面白かったのですが,長くなるので省略します。

  • 枝雀は,この4パターンを説明するために,ストーリーの内容を「ホンマ領域」「ウソ領域」「超ホンマ領域」に分けている。
  •  有栖川さんは,例えば,「ヘン」は,ホンマ領域だった話がウソ領域に入って終わるということを模式図を書いて説明。 # この部分が大変面白く感じました。
  • この各「領域」れが小説のリアリティの構造と共通する。「ウソ領域」だけで書かれているのが童話。「ホンマ領域」だけで書かれているのが普通の小説。スティーヴン・キングの小説は,ホンマ領域で始まって,いつの間にかウソ領域に出ていくのが面白い。
  • その中で「超ホンマ領域」は,「あまりにも出来すぎた話」になるため,普通の小説家は嫌っている。この「超ホンマ領域」を恐れずに,「こうすれば美味しく食べられますよ」と料理法を示しているのが落語とミステリーである。
5 怪談とミステリーのもう一つの共通点
  • 怪談とミステリーには,前述のとおり「親子」のようなものなので似ているが,もう一つ共通点がある。
  • それは中心主題が「死」である点である。ただし,幽霊についてのスタンスは反対である。ミステリーは「幽霊」を否定するが,「怪談」には出てくる。「死者に拘っている」点が共通している。
  • 「死者は語らない」ということは前提としてあるが,それについて小説のジャンルによってスタンスが違う。
①お涙ちょうだいの通俗小説:「死者は語らない。だから,悲しい。」
②普通の文学:「死者は語らない。だから,どうすべきか。」
③怪談:「死者は語らない。だけど,語らせる。」
④ミステリー:「死者は語らない。だけど,推理はできる(=語ったのと同じ)」

  • 死者の思いは残念ながら残らないが,推理は語ったのも同じである。
    ミステリーに引かれる人が多いのは,この「だけど」の部分にあるのではないか。



不正確な部分はあると思いますが,このような感じで,「ミステリー」「落語」「怪談」だけではなく,物語一般の作り方についての核心を突くような,鋭い分析を分かりやすく楽しい語り口で聞かせてくれました。
 

6 質疑応答
その後,質問が5点ありました。これもそれぞれに興味深い内容でした。

(質問1)「恐怖」と「笑い」は紙一重だが,読者に意図がうまく伝わらないことについてどう考えるか。
→こちらが意図した「恐怖」と「笑い」が入れ替わっても仕方がない。読者にいちいち説明できない。終着駅は作者から離れた読者のものである。作者よりも深い分析をして作品を高めてくれるような読者もいる。

(質問2)最近の日本のミステリー界は「日常の謎」「キャラクター重視」が多い気がするがどう考えるか。

→ミステリー界でキャラクター重視なのは,昔から変わらない。キャラクターと謎解きが組み合わさっているのがミステリー。現在の日本の状況は悪くないと思う。以前は一つのタイプが流行すると他は廃れてしまったが,現在は特別なものだけが流行っている状況ではない。

(質問3)トリックを試していますか?
→試していない。現実にはできないのでは。ほとんどの作家も試していないはず。トリックについては,「出来すぎ」の世界で良い。

(質問4)電子書籍についてどう思うか?

→個人的には物足りなさを感じるが,恐らく普及していくのではないか。紙の本には,ページをめくっていく楽しみがある。また本の中のどの辺にあったのか,場所を記憶しやすい。電子書籍は検索できるのが良い。知らない語が出てきても,簡単に辞書で調べられるメリッ\\トもある。

(質問5-1)ご自身の著作の中のおすすめ作品を3点ほどあげてください。

→①幽霊刑事(ミステリーだけど幽霊が出てきます),②幻坂(大阪が舞台の怪談),③怪しい店(最新作の宣伝。11月1日発売です)

ちなみにこの日,有栖川さんの奥さんも「お客さん」として参加されていました。ミステリー好きの奥さまに挙げていただいたのが次の3点でした。

①マジックミラー,②孤島パズル,③幻想運河(アート色の強い作品)

(質問5-2)海外ミステリーの中のおすすめ作品を教えてください。
→エラリー・クイーン『Xの悲劇』(シリーズの最初の作品なので)

(質問5-3)ミステリーには「禁じ手」があると思うがどう考えるか。

→「禁じ手」も時代に応じて変わってきている。「探偵が犯人」というのもある。破ることでさらに新しい世界が広がるのならば,破っても問題はないのでは。ただし,一つだけ破ってはいけないルールがある。それは,「読者を被害者にしてはいけない」(読んで損だと思わせない)ことである。



講演会後は,こちらも毎回恒例となっている,サイン会が行われ,私も持参した本にサインをしてもらいました。デビュー長編の『月光ゲーム』にサインをいただきました。


この講演会は毎年,とても面白いので是非,来年もミステリー作家シリーズを期待したいと思います。