シネモンドの入口です。ポスターには片渕監督のサインが入っています。 |
観た感想は素晴らしいの一言です。ストーリーのテンポ感,映像の色合い,主人公のキャラクターに統一感があり,ず~っと映画の世界に入っていたいと思いました。
この作品は,昭和8年から昭和21年までの広島市と呉市を舞台とした,ヒロイン北條すず(旧姓浦野)とそのまわりの人たちの日常生活を描いたアニメーションです。当然,戦時中の苦労(広島が舞台なので,もちろん原爆投下も出てきます)が描かれるのですが,少々意表を突くくらいに明るく平穏なタッチが続きました。戦時中を描いた映画というと,暗い,重い,辛い...ちょっと見たくないかな,という先入観を持ってしまうのですが,戦時中といっても,日本人全員が同じ気分に覆われていたわけではなく,「現在と同じような日常もあった」ということがしっかりと描かれていました。何よりもこのことが新鮮でした。
ストーリー展開は,特に最初の方はとても速く,すずさんの幼少時などは,ポンポンとあっという間に終わりました。ただし,その中に,その後の様々な「出会い」の種がしっかりと印象的に描かれていました。
描かれている絵の美しさも素晴らしいものでした。呉から見る海と山と空が水彩画を思わせるような優しい色合いを基調として描かれていました。ストーリーの前半に出てくる,戦争が本格化する前の広島の風景を見るだけで,切ない気分になりました。すずさんは,絵を描くのが得意という設定でしたが,映画の映像全体がすずさんの描く絵と重なり合っているようにも思えました。
そして,すずさんのキャラクター。声は,のんさんが担当していましたが,その名のとおり,のんびりとした優しいキャラクターで,辛いことも辛いと思わず,気負いなくサラリとやり過ごしてしまうような不思議さな魅力を持っていました。これは広島の方言の力にもよると思うのですが,全体にのんびりとした雰囲気が漂っていました。
のんさんと言えば,何といっても「あまちゃん」が代表作ですが,役柄にピタリとはまった時は,そのキャラクターそのものになってしまう天性の資質があると思います。すずさんそのものだったと思いました。
もちろん,恋愛があったり,三角関係っぽいムードがあったり,意地悪い小姑が登場したり,ドラマもあるのですが,それらがすべて,すずさんのキャラクターの力によって,常に淡く優しい雰囲気を持ったものになっていたと思います。
スト―リー,映像,キャラクターの全ての面で,濃さであるとか,押しつけがましさがなく,その点が,ずっと「この世界」に入っていたい,という心地よさにつながっていたと感じました。
***以下,色々とネタバレになります。***
しかし,その世界が後半は少しずつ変化していきます。つまり,すずさんが苦労し始めます。呉への執拗な空襲と広島への原爆投下です。この前半の世界と後半の世界の対比が,この作品のハイライトとなります。
全体のサラリとしたトーンの中で,最もドラマティックに強調されていたのが,姪の晴美とともに,投下された時限爆弾の爆発に遭遇してしまうシーンです。その結果,晴美を亡くし,自分も右手を失うことになります。そこまで描かれてきた「戦争中だけれども,のんびりとしたところもある日常」の後だと,その残酷さと哀れさが強く焼きつけられました。
原爆の方は投下の瞬間については,「今,何か光った?」という感じで,ダイレクトには表現していませんでした。これは,ドラマを「すずさんの体験した日常」として描くという方針(?)によるのだと思います。昨年の大河ドラマ「真田丸」では,真田信繁自身が体験しなかった「関ケ原の戦」をスルーしていましたが,それと似た感じだなと思いました。
原爆投下後の広島については,すすさんが見た焼け跡と,すずさんがかつてスケッチブックに描いていた広島の風景とをオーバーラップさせることで,その悲惨さが強調されていました。すずさん自身,右手ではもう絵を描けないので,その悲しみとも重なっていると思いました。
この作品では,身近な人との日常生活や自分の生活圏の自然の美しさが,穏やかに継続することのありがたさが,しっかりと描かれていました。戦争というのは,この日常生活や自然を無情に破壊してしまうものと言えると思います。
戦時中でも平穏な日常生活があったこと。しかし,戦争がその平穏が生活を破壊してしまったこと。しかし,負けずに生きていくと新しい生活日常が立ち上がってくること。この作品の中では,こういったことが,気負うことなく,美しい映像で描かれていました。生と死の繰り返しが愛おしいものに思えてくる,素晴らしい作品だと思いました。
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さて,この日は,上演後に片渕監督による挨拶がありました。この映画は,インターネット上で制作資金を調達する「クラウドファンディング」で作られたものです。監督の挨拶からも,「自分の作品であるだけではなく,お客さんの作品でもある」というの思いが伝わってきました。というわけで,舞台挨拶の写真撮影もOKで広めてもらっても良いということでした。その内容を簡単にご紹介しましょう。
- この映画がシネモンドで上映されるのは3度目。上演回数は合計で105回目となる。
- 上映後の挨拶の時,出番を外で待っていると,映画の最後の方の音声が館内から聞こえてくる。今日もすずさんは頑張っているなと感じる。
- 1年前の今頃は映画の完成のための追い込みの時期で大変だった。
- 戦争を扱った映画ということで8月に上映されることが多いが,日常生活の営みや人生を描いた作品なので8月以外でも上映して欲しい作品である。
- この作品には,日本大学芸術学部(監督の出身大学)の関係者も関わっている。例:「白いうさぎのような波」の絵,すずさんが爆弾を受けた後の黒地の部分の絵など
- 昭和20年8月15日に終戦を迎えた後,1週間ほどで普通の生活に戻っている。ラジオではまずラジオ体操が戻った。ジャズピアノで弾く軍歌といった番組もあった。
- この作品に登場している,すずさんとけいこさんが今も生きていれば92歳と101歳になる。そんなに遠い話ではない。きっとずっとその生活は続いているのではないかと思う。
監督は「マイマイ新子と千年の魔法」でも舞台挨拶をされたようです。 |
サインしやすい,色紙のような白い表紙のパンフレットです。大変読み応えがありそうなので,今から読もうと思います。
サイン会の列です。午前中にも関わらず多くの人が参加していました。 |