2017年6月10日土曜日

川上未映子が村上春樹にインタビューした『みみずくは黄昏に飛びたつ』。村上さんの小説作法にしつこく迫っていてとても面白く読みました。

今年発売された『騎士団長殺し』の「謎」を解き明かす...ような感じの帯の宣伝文句に魅かれて,小説家の川上未映子が,村上春樹にインタビューした『みみずくは黄昏に飛びたつ』を読んでみました。実に面白い内容でした。

川上さんは,村上作品を愛するファン代表のような感じで,色々と下調べをした上で,矢継ぎ早に村上さんに尋ねまくっています。やり取りの合計は10時間以上とのことです。敬意を持ちつつ,率直に切り込んでいるのが素晴らしいですね。

村上さんの方は,「そんなこと書いたかなぁ」という具合で,自作についてはっきり覚えていないところがあるのが面白いところです。自作のキャラクターや独特の比喩についても,「他人事」のような感じで,どこからか沸き上がってくるという感じで答えています。それに対して,川上さんが「本当に何も考えずに書いているんですか」という感じで食い下がります。

その一方,文章や文体と推敲については,「これが何よりも大事」という感じで,強いこだわりがあると語っています。昔から,村上さんについては,アーティストというよりは丁寧な仕事をする職人的な雰囲気を感じていましたが,小説を書く名人という域に達している気がします。

自身の小説のスタイルについて,「できるだけわかりやすい言葉で,できるだけわかりにくいことを話そうと。噛み直すたびに味がちょっとずつ違ったような物語を書きたい。でもそれを支える文章自体はどこまでも読みやすく,素直なものを使いたいと。それが僕の小説スタイルの基本」と語っています。私自身,この「文章は明晰だけれども,全体的には意味不明な部分が残る」という感じが好きだったので,やっぱり村上さん自身,そのことを意識していたのだ,と再確認できました。

全体としては,数年前に出された『職業としての小説家』の内容をベースに川上さんがさらに深く突っ込んでいるようなところがありますので,村上作品を研究する場合には大変重要な文献になるのではないかと思います。

# ただし,村上さん自身,文学を解釈することについては,否定的なことを書かれています。「解釈したくなるような文章を書く」村上さんも罪作りだなと思います。

「どうして村上さんには熱心な読者がいるのか?」という問いに対しては,「僕が小説を書き,読者が読んでくれる。その間に「決して読者を悪いようにしませんよ」という「信用取引」が成り立っているから」と書いています。そして,その信用取引を成立させるためにも,手間暇をかけて丁寧に作品を作らなければならないと語っています。

この作品の作り手側と受け手側の間にある「信用取引」という考え方は,アーティストがお金を稼いで生きていくためには,とても重要なことだと思いました。他の芸術作品にも当てはまる言葉だと思います。

例えば,オーケストラの定期会員についても同様です。定期公演で演奏される曲には,色々なタイプの作品があり,未知の作品や演奏家が登場します。聞く前にお金を払っている点で「信用取引」の要素があります。時々,ガッカリさせたとしても,基本的には付いてきてくれる受け手。こういう関係が成り立っていること。これが定期会員制度の前提として必要なのだと思います。そして,非常に幸せな関係にあると言えます。

村上さんは,最後の方で「善き物語」という言葉と使って,「何万年も前から人が洞窟の中で語り継いできたものがいまだに継続し続けている」と書いています。この「物語に対する信頼感」も強く印象に残りました。

というようなわけで,村上さんの創作のプロセスと文学観を明らかにした,スリリングな熱さを持ったインタビューでした。川上さんの作品を実はこれまで読んだことがなかったのですが,是非今度,読んでみたいと思います。