先日,金沢文芸館でトークショーが行われた川上弘美さんの小説『大きな鳥にさらわれないよう』を読み終えました。
14編の連作からなる小説で最初は「それぞれが独立した短編集?」とも思ったのですが,各章の間のつながりが段々と見えて来て,最後には「そういうことだったのか」と最初に戻るといった感じのお話でした。恐らく,もう一巡すると,さらに楽しめそうな小説だなと思いました。
川上さんは,先日のトークショーで『指輪物語』を何回も読んでいると言われていました。そのことが分かる気がしました。どこの国とも分からない,遠い未来の地球のどこかを舞台とした,大河ファンタジーといった感じのお話でした。ただし,甘く情緒的な感触は全くなく,クローン技術,AIなどの技術が発展し,人体にどんどん密接に組み込まれていくような,「もしかしたら未来はこうなる?」といった不安感を,さらりとしたタッチでクールに描いています。読み終わって,振り返ってみると,「すごい構想力だな」と思わせる作品でした。
最初の章の「形見」だけは,単独で書かれた短編とのことで,これだけを読むと,湯あみをしている女性たちがのどかに会話をするのんびりとしたムードなのですが,読み進むにつれて,各作品のところどころにひんやりとした不気味な気分が漂うようになります。
どの話も「私」という一人称で語られているのですが,その「私」が全部違っているのも特徴です。話がどんどん飛躍し,「どういうことなのだろう?」と戸惑わせるところもあります。この辺の「なかなか全体像を表さない」語り口が上手いなぁと思いました。
作品に出てくるキャラクターには,「大きな母」「見守り」といった独特の用語が使われています。さらには,ヤコブ,マリア,ノアなどキリスト教を思わせる名前も出てきます。先に書いたとおり,かなりスケールの大きな作品で,聖書の創世記であるとか神話に通じるような趣きもあります。イエスを思わせる,奇跡や予言の話も出てくるなど,全く予測のつかない展開が続きます。
「15の8」と「30の19」といった,名前とも言えないような名前を持つ,男女の恋愛を描いた「みずうみ」という章も印象的でした。ダフニスとクロエを思わせるような,素朴な恋愛を描いた不思議な叙情性が漂い,なぜか惹かれました。そして,最後の方に出てくる「運命」の章は,種あかしのようになります。
途中,「澄んだ絶望感」という言葉が出てきました。全体を通じてそういう気分を持った作品だと思いました。また,これは現代社会ならではとも言えるのですが,読んでいるうちに,「人間の定義とは?」といったことを改めて考えたくなる部分がありました。一見穏やかな雰囲気の中に,未来の人間が抱えるだろう,自分自身の存在に関わる「不安」が見え隠れしていました。
文体にはベタついたところがなく,非説明的。「未来の人間たち」には,表情や感情もほとんどないので,かなりストーリーがわかりにくく,とっつきにくいところもありました。しかも,神話的スケールで進むので,章によっては,一気に何十年も話が進むものがあります。しかし,だんだんと話がつながってきて,霧が晴れていくようにつながっていきます(よく分からない部分も残りましたが...)。
実は,今回は借りた本で読んだので,既に手元にこの本はないのですが,最初に書いたとおり,是非,最初に戻って,もう一度読んでみたくなる作品でした。文庫本化(きっとされるでしょう)された時に,また読んでみたいと思います。