2016年11月19日土曜日

僻村塾シンポジウム「旅する人の旅の本」@石川県立美術館で作家の池澤夏樹さん,辻原登さん,文芸評論家の湯川豊さんによる汲めども尽きない旅の本の話を聞いてきました。司会は文芸評論家の尾崎真理子さん

昨年に続き,石川県立美術館ホールで白山僻村塾主催のシンポジウムが行われたので聞いてきました。テーマは「旅の本」で,昨年に続き,作家の池澤夏樹さん,辻原登さん,文芸評論家の湯川豊さんという豪華メンバーでした。司会も,昨年に続いて文芸評論家の尾崎真理子さんでした。
会場はこのような雰囲気でした。
ただしシンポジウムといっても堅苦しいものではなく,池澤さん,辻原さん,湯川さんがそれぞれの自著の中から旅に関する作品について語ったり,薦めしたい旅の本について,気ままに語るという内容でした。

以下,メモを取りながら聞いていたので,概要を紹介しましょう。小見出し等については,私が勝手に付けたものです。また私が勝手にまとめたものですので,内容に間違い等があるかもしれませんがご容赦ください。

■今回のテーマ設定について

  • 昨年の「吉田健一」に続くテーマとして,「旅」を設定した。
  • 旅には,「見る,食べる,遊ぶ(#「るるぶ」ですね)に集中できる」といったこと以外にも作家にとって意味があるはず。それについて語り合いたい。
  • 今回の3人のパネリストは,旅に関する本を沢山書いている作家だから,というのも理由の一つ。

■池澤夏樹さんにとっての旅

  • 新しい土地との出会いが好きでたまらないので,道楽のように旅を繰り返してきた。
  • 旅について文章を書くのは,「遠足の後の作文」と同じ # 私も旅に行くたびにブログなどに文章をまとめているので,気持ちはよく分かります。この文章もそういった感じで書いています。
  • 海外に旅行に出かけると,ものすごく開放感があり,それに身をまかせてきた。その場所に,旅に出かけるための口実として小説の場所を選んでいるようなところもある
  • 『すばらしい新世界』については,ネパールの中にあるムスタン王国に行きたくなり,風力発電の話をくっつけることで,小説のフレームとした。
  • ムスタンには道路がなく,ほとんど馬に乗って移動するなど,かなり大変な旅だった。
  • 土地や人を知り,そこに身を置く...というタイプの作家になってしまった。

■辻原登さんにとっての旅

  • 作家になる前,小さな貿易会社で働いていたので,旅といえば「取り引きが成立するかどうか」という怖さの方が大きかった。
  • 「行きたくないけれども行かされている」という感覚がベースにある。『闇の奥』もそうである。
  • 池澤さんとは違い,「楽しい旅」という思いはない。 # この2人の対比が面白かったですね。
  • ちなみに芥川賞受賞作の『村の名前』は,中国の奥地に迷い込み...といった話
  • 辻原さんの出身地の和歌山県では,背後に異界のような熊野山地が広がっている。このことの影響もあるのでは,と尾崎さんが指摘

■湯川さんにとっての旅

  • 『本のなかの旅』では,20人の作家の旅の出てくる作品を取り上げている。
  • 以前から旅行記を読むのは好きだった。勤め人なので,読んで楽しんでいたのが実情
  • 旅を描いた作品には,その作家の正体が割とよく出ていて,大体魅力的である。
  • 渓流に釣りに出かけたとき,このまま戻らなくてもよいかも,と思うことがある。ウィーン近郊の修道院に行った時も,このまま帰らなくてもよいかもという気持ちにとらわれたことがある。
  • 「帰らなくてもよいかも」というのが旅(実際にはそうならず,戻ってくるのだが)

■そのまま住んでみる

  • 池澤さんは,ギリシャ,沖縄,パリ,北海道...と住む場所を変えている。
  • 旅人に対して,その土地が開いている扉は少ないので,池澤さんの場合,1年ぐらいそこに住む計画を立ててしまう。「帰りたくない」を実現したものかもしれない。
  • 「一旦旅立ったら,危険でも止められなくなる」というのが「旅への力」である。動き始めたら,前へ前へという思いが心いっぱいに広がる。

■梨木香歩『渡りの足跡』(池澤さんのお薦め本)に出てくる渡り鳥の旅

  • 渡り鳥を扱った本である。渡り鳥には,ヒナを放棄してでも旅立ってしまうようなところがある。池澤さん自身にも「そういうところがある」とのこと。
  • 梨木さんは,渡り鳥のオオワシがカムチャッカに「渡る前」と「渡った後」の両方を見ているそうである。「これはうらやましい」と池澤さん。
  • その他,シベリアからヒマラヤ山脈を越えてツルが飛んでくる,リスクを考えずがむしゃらに飛んでくる渡り鳥はすごいといった話とか,回遊するザトウクジラ(個体識別可能)にもう一度会いたいとか,「旅する動物」の話題で,盛り上がっていました。

■死に場所を求める情念の旅

  • 尾崎さん「辻原さんの『籠の鸚鵡』には「旅を打つ」という言葉がでてくるが,どこか死に場所を求めている,心中とか道行のような情念の旅という感じがする」
  • 辻原さん「ヤクザが逃げるというような意味で使う言葉。穏やかでない旅である。」
  • 人間は,自分の生まれた土地の風土に影響されると思う。そこに人物を置くと生き生きとするところがある。

■お薦めの旅の本
 最後に3人の皆さんから,お薦めの旅の本が紹介されました。配布されたリーフレットに著者,書名等が印刷されていたので紹介しましょう。尾崎さんによると,「あまり,楽な旅の本はないようですが...」ということでした。

(1)辻原さんのお薦め

  • キングドンーウォード『ツァンポー峡谷の謎』(岩波文庫)・・・6000mの断崖,幻の小人族
  • スティーヴンソン著;吉田健一訳『旅は驢馬をつれて』(岩波文庫)・・・辻原さんは集英社文庫「ポケットマスターピース」シリーズのスティーヴンソンの編纂を担当。こちらもよろしく。
  • レヴィ=ストロース『月の裏側』中央公論新社・・・月の裏側というのは日本のこと。レヴィ=ストロースは日本好き。日本に来た時のことを書いた本

(2)池澤さんのお薦め

  • 梨木香歩『渡りの足跡』(新潮文庫)・・・上述の本
  • ランシング『エンデュアランス号漂流』(新潮文庫)・・・遭難した船からの生還の記録。ノンフィクションから話を膨らませるのがフィクション
  • 松尾芭蕉『おくのほそ道』(日本文学全集)河出書房新社・・・詩集を編むために旅行をしたというのは,これが初めて?「おく」と言いながら,平泉より奥には行っていない。それは歌枕がなかったから。当時の日本文化圏を示している。

(4)湯川さんのお薦め

  • 星野道夫『イニュニュク(生命)』(新潮文庫)・・・一言で説明できません。是非よんでください。ちなみに池澤さんお薦めの『エデュアランス号』は,星野さんも原書を持ち歩いていた本で死後に訳本が出された。
  • 宮本常一『忘れられた日本人』(岩波文庫)・・・旅での聞き書きの本。「土佐の...」が非常に面白い(池澤さんによると「色ざんげですね」とのこと)。当時,若い女性が旅行しやすかったこともわかる。関連して,柳田国男『雪国の春』にも話が広がっていきました。白拍子が白山信仰や熊野信仰を広める旅,その印としての椿の花...
  • 金子光晴『マレー蘭印紀行』(中公文庫)・・・この本についての言及はありませんでした。

■小説で有名になると100年栄える

  • 尾崎さんから尾崎紅葉『金色夜叉』の中に那須塩原について素晴らしい描写があることを紹介。
  • それに関連して,湯川さんから,大岡昇平が『逆杉』という短編で,那須塩原の地形について正確に書いているとフォロー。
  • 池澤さんは,大岡昇平の地理的描写力は,もともとの合理的な考え方に,兵隊での体験が加わったものとさらにフォロー。
  • 尾崎さんが「大岡さんも辻原さんも同じ和歌山県出身ですね」と言うと,辻原さんが「和歌山県人にはそういうところがあります」...どんどん話がつながっていくのが「さすが」でした。

といったところで,汲めども尽きないシンポジウムは終了。
小説の中で描かれて有名になると,100年間は栄えると言われているそうです(例えば,髙橋治さんが描いた越中八尾の風の盆とか)。「是非そういう作品を期待しています」という流れでお開きとなりました。

今回のようなお話を聞くと,お薦めの本を読んでみたくなります。

というわけで,終了後,受付に置いてあったサイン入りの著書などを購入してしまいました。特に池澤さんの本は厚い本でしたが,是非,年末年始などに読んでみたいと思います。




石川県立美術館周辺の木々の紅葉も進んでいました。美術館の大きな窓から外を見ると,まるで壁画のようになっていました。これは県立美術館の「売り」になるように思いました。