2016年10月29日土曜日

石川県立図書館で行われた東川篤哉トークショーを聞いてきました。気負わないトークの中に面白い内容が沢山入っていました。


毎年この時期に,兼六園周辺文化の森ミュージアムウィークの一環として,石川県立図書館でミステリー作家などによる講演会が行われるのが恒例になっています。私自身,ミステリーを沢山読んでいるわけではないのですが,作家の生の声を(無料で)聞けるのはとても面白く,毎年楽しみにしています。

今年は,『謎解きはディナーのあとで』で2011年に本屋大賞を受賞した東川篤哉さんが登場しました。講演会の場合とインタビュー形式の場合があるのですが,今年は県立図書館のミステリー通の職員の方によるインタビューでした。
このような雰囲気で,色々な著作を手にしながらの図書館ならではのトークでした。
ステージに登場した東川さんは,一見,どこにでもいそうな「普通の人」といった雰囲気の方で(服装もふだん着だったと思います),偉そうなところが皆無でした。そのトークには,気負ったところや飾ったところはなく,気軽に東川さんの「ミステリー作法」を披露してくれました。そして,その中に「なるほど」という感じの面白い内容が詰まっていました。

メモをしながら聞いていたので,その内容を箇条書きでご紹介しましょう。

# 勝手に小見出しを付けています。細かい内容に聞き間違いがあるかもしれませんが,ご容赦ください。

■イントロダクション

  • 金沢に来るのは今回が初めて。石川県と金沢が結びついていなかったが,ホテルが混んでいて,観光地だと認識
  • 「東川」はペンネーム。本名の「東」だと,「あずま」と読み間違えられることが多く,書棚の「あ」の欄に置かれるかと思い,「川」を付けて「東川」とした。
  • 著名なミステリー作家に,「川」が付いている人が多いことも理由の一つ(「鮎川」「有栖川」「江戸川」...「野」にしなくて良かったですね,とインタビュアーから旨いフォローがありました)

(Q)なぜ,「東川」と書いて,「ヒガシガワ」と読む(私自身,ヒガシカワだと思っていました)?

  • 特に深い意味はなく,なんとなく「ガワ」になった。
  • 広島県尾道市出身だが,親の仕事の関係で,幼少期は西日本を転々とした。両親の実家は熊本。

(Q)野球は?

  • 当然,広島ファン。
  • 今年,まさかこの時期にカープが日本シリーズに出ているとは思わずに,この仕事を引き受けました。

■幼少期~大学生

  • 幼少期は友人の少ない地味な子。
  • だんだんと暗くなり,本を読むようになった。

(Q)作品は明るいですが...

  • 作風と人格はリンクしないもの

(Q)どんな本を読んでいましたか?

  • 小学生の頃,アカネ社の「謎の038事件」(エラリー・クイーン原作)を読んだのが最初。このレーベルや,ポプラ社の「ルパン」「ホームズ」を何回も読んでいた。
  • 江戸川乱歩は,どこかダサい印象を持ったので読まなかった。怪奇趣味の表紙の影響もあるかも。
  • 中学生になって,創元推理文庫のディクスン・カー,アガサ・クリスティなどを読むようになった。横溝正史の金田一耕助シリーズは,小学生の頃,映画が大流行していたが,テレビの再放送を見て,原作を読むようになった。

(Q)金田一耕助は誰のものが好き?

  • 古谷一行が良いという人もいるが,石坂浩ニの方が好き。
  • 大学になって,あまり小説は読まなくなり,映画をよく見ていた。ごく普通の流行っている映画を観ていた。当時,宮崎駿はそれほど有名でなかったので,観に行くのは恥ずかしかったが,「となりのトトロ」は良かった。


■小説を書き始めた頃

  • 大学生の頃,小説を書こうと思ったが,手書きだと書けなかった(文字が下手で,良いものに思えなかった)。
  • 会社員になってワープロを入手したが,仕事が好きになれず,26歳の時に退職。その後,書き始めた。

(Q)小説を書くために仕事を辞めたわけではないんですね?

  • 辞めてから書き始めた。1994年頃,本格ミステリーがブームになっており,有栖川有栖の『月光ゲーム』などを読んでいた。
  • 小遣い稼ぎになるかと思い,いくつかのコンクールに応募した。その中で,鮎川哲也の「本格推理」にだけ採用された。
  • 1995年末,競馬の有馬記念で負け,大晦日締め切りのコンクールに応募して入選したのが,『中途半端な密室』。これがきっかけで,作家としてデビューした。有馬記念に勝手いたら,デビューは少なくとも1年は遅れていただろう。
  • その後,光文社から,『本格推理』の常連投稿者に対して,長編執筆の声が掛かり,『密室の鍵貸します』が採択された

(Q)最初からユーモア・ミステリーを書いていた?

  • 最初からそうだった。
  • 同時,ユーモア・ミステリーを書いている人は少なかったので,ユーモア系の方が良いと考えた。

(Q)「烏賊川(イカガワ)市」という架空の市を舞台にしていたのはなぜ?

  • めんどうだったから。
  • 実際の地名だとしばられることが多い。架空の市だと適当に書けそうだと思った。


■『謎解きはディナーのあとで』について

  • 小学館から,「きらら」という若い女性向け雑誌に書いて欲しいという依頼があり,「ミステリーに詳しくない読者が読んでも面白いものを」ということを意識して執筆したもの。
  • 当時,執事モノが流行っていたので,「執事探偵」にすることを思いつき,お嬢様を刑事にすることにした。
  • その結果,「安楽椅子スタイル」ができあがり,これで良いと思った。

(Q)執事が毒舌なのはなぜ?

  • 毒がないと,ユーモラスな雰囲気は出ない。その方が書きやすかった。

(Q)この本が「本屋大賞」を取って,どう変わったか?

  • 取材が増えた。毎週のように取材があり,「何が変わりましたか?」という質問ばかりされた。自分自身は変わらなかったが,マスコミの方が変わった。
  • それ以外では,長編だけではなく短編を書かせてもらえるようになった。その分,長編を書く時間がなくなった。
  • 映画版は試写会で観たが,テレビ版の方は全く観ていない。櫻井君と北川さんには会ったことはある。会いたいといえば,俳優には会えるだろうが,撮影の途中だと喜ばれないだろう。


■『探偵少女アリサの事件簿』について

  • 来年1月2時間ドラマになる。が,原作とはかなり違う話になるだろう。
  • 2時間ドラマには,いろいろな約束があるようである(風光明媚な場所,美味しいものが出てくる,最後に崖が出てくる...)。
  • 原作は川崎市だが,どうなっているか?主役が美少女ならば良いのでは...

■執筆スタイルについて

  • 携帯電話,インターネットは使っていない(会場からは驚きの声(が聞こえた気がしました))。
  • 今のところ不便さに気づいていない状況である。
  • 1994年当時,携帯電話は普及していなかった。その後,フリーターをし2002年にデビューしたが,その間に世の中が大きく変わった。
  • 最初はフロッピーディスクに保存していたが,現在はUSBメモリーに保存している。

(Q)インターネットがないと調べものに困らないか?

  • 図書館で調べたり,本で調べたり,編集者に調べてもらったりする
  • 取材旅行はほとんどしない。自分が知っている場所を舞台にしているからである。

(Q)プロットを優先して作るのか?

  • そうならざるを得ない。いきなり書くのは不可能である。ただし,書いているうちにプロットはよく変わる。
  • 物語の書き出しと結末だけを決め,中間は書きながら手探りしている。伏線は,後から入れることもあり,最初に戻って書き直すこともある。ギャグの場所などは特に決めていない。

(Q)ギャグシーンに伏線が入ることが多いのか?

  • ギャグの部分で手がかりを提示できるのは,ユーモア・ミステリーの利点である。目くらましになって気づかれにくい。
  • もちろん,何でもない,ただのギャグも多い。

(Q)ギャグのネタ帳などはあるのか?

  • ない。ギャグは自然に出てくる方が良い。
  • トリックのネタ帳ならあるが...実は底が突きかけている。

(Q)アイデアはどこから出てくる?

  • よく尋ねられる質問だが,はっきりしない。散歩をしたり,机に向かって頭をひねっていたり,他の作品を読んでいたり,テレビを見ている時などに出てくる。アイデアについては「考える」というよりは「気づく」と言った方が良い。
  • いつも考えると直感でひらめく。

(Q)そのために意識的にやっていることは?

  • メモを取るぐらい

■キャラクターはどう作るか?
(Q)身近な人をモデルにすることはあるか?

  • ない。名前にしても被らないようにしている。実在の人がいると逆に書きにくい。
  • 日常の中で「こういう人がいたら」ということで思い付くことがある。(例)「学生探偵」「執事探偵」
  • 「魔法使い探偵」は,「刑事コロンボ」と「奥様は魔女」を合わせたものである。実際にはコロンボのスタイルで,セレブな犯人が多いのも踏襲している。

(Q)探偵少女アリサは?

  • 編集者から「少女と30歳の男のコンビで」という注文があった。
  • 映画『ペーパー・ムーン』のイメージでロードムービーのようにしたいとも思ったが,10歳の少女と何でも屋という組み合わせになった。

(Q)バリスタ探偵は?

  • 喫茶ミステリーが流行っていたので,パクろうとした...が,実際には猟奇的でゲスな感じになった。
  • 私自身は気に入っているが...どう受け取られるか,少々不安。読んでみて欲しい。

(Q)新作は?

  • 新潮社からの注文で書いた『かがやき荘アラサー探偵局』。自分自身ではアイデアがなかったが,編集者と話しているうちに「アラサー3人組」ということになった。
  • まぁいいか,という感じで始まり,苦労の後が見える作品になっている。
  • 来年,『魔法使い...』シリーズの3作目,『イカガワ市』の短編集が出る。連載中のものがまとまれば,長編も刊行される予定。

■これから書きたい作品は?

  • 長編と喜劇を書きたい。
  • 喜劇というのは,ユーモア・ミステリーとは違う。これまでは,「話そのものがミステリー」という作品が多かったが,ミステリーであったとしても「話そのものが喜劇」的なものを書いてみたい。ただし,まだ構想はない。

■自分の作品の中で好きな3作は?

  • 『放課後はミステリーとともに』『交換殺人には向かない夜』『館島』の3作である。
  • 『放課後はミステリーとともに』は,デビュー前から書いていた短編集。時間を掛けて書いているので,密度・完成度が高い
  • 『交換殺人には向かない夜』は,複雑過ぎて,もう1回書けと言われても,自分でも書けない作品。出来は良いが,書いていて疲れた。
  • 『館島』はベタな本格ミステリー。アイデアが良かった。

#ここで,インタビュアーが,東川さんのサインの入ったこの本を提示。現在とは違う,地味なサインを見て...東川さんはびっくり。「こんなサインを書いていたんだ。テストの答案のような感じ」。当時,東京創元社に書かされたサイン本とのことです。

■好きなミステリーは?

  • 横溝正史
  • 島田荘司
  • 有栖川有栖
  • 綾辻行人
  • エラリー・クイーン...

■金沢を舞台にするならどんな探偵?

  • デビュー作でイカガワ市という架空の都市を舞台にして書いたので,2作目以降,別の市にせざるを得なくなった。
  • ただし,知っている街ばかりで,ずっと地元に居る人という形が多かった。金沢を舞台にするならは,旅情ミステリー,旅する探偵がふらっと訪れるという形になるのかもしれない。

■フロアからの質問
(Q)色々なトリックはどうして考えるのか?

  • 締め切りがあるのが大きい。考えないとしようがない。
  • ただし,トリックにはパターンがある。結局は,「何かと何かを勘違いさせる」ということに尽きる。時間,人,場所の勘違いをさせるにはどうすればよいか...と考えている。

(Q)ヒット作を出すには?

  • わからない。
  • が,顧みられてない放置されているジャンルやネタで書けば目立ち,1人が食っていくぐらいの需要はあるはず(東川さんの場合のユーモア・ミステリーについても,当時はほとんど書かれていなかった。綾辻行人の本格ミステリーもそうだった)。

(Q)自作が映像化された場合,このキャラはこの人でないといけない,というものはあるか?

  • 特にない。
  • 「魔法使い探偵」については美少女が良いが...こだわらない。

最後,会場のお客さんに向けての「孤独なことの多い作家が読者に会う機会は少ない。今回のイベントのような機会に読者に出会えることは,これからの仕事の励みになります」という言葉で締められました。

事前に集めた質問をもとに,東川さんの小説作法が率直に語られており,とても面白い内容のトークショーだったと思います。私自身,今回の東川さんのお話を聞いて,ユーモア・ミステリーの世界への関心が高まりました。読んでみたいと思ったのですが...中々,時間を作れないのが残念です。

トークショーの後,恒例のサイン会がありました。我が家から持参した『謎解きはディナーのあとで』(子どもが読んでいた本ですが)にサインをいただきました。非常に格好良いサインでした。


PS. 石川県立図書館の向いにある金沢歌劇座では,全日本(北陸ではなく全日本です)吹奏楽コンクールの大学部門を行っていたようで,大型トラックがずらっと並んでいました。

結果を調べてみると,地元の金沢大学吹奏楽団は,銀賞だったようです。
http://www.ajba.or.jp/competition64daigaku.htm

明日は社会人バンドの部門ですね。