2016年7月31日日曜日

河村錠一郎先生による,展覧会「ビアズリーと日本」関連の講演会「衝撃のサロメ」を聞いてきました。美術,文学,オペラ,演劇,映画...多彩なサロメの世界を実感できました。

石川県立美術館で開催中の展覧会「ビアズリーと日本」に併せて,一橋大学名誉教授の河村錠一郎さんによる講演会が行われたので聞いてきました。演題はビアズリーの挿画の代表作にちなんで「衝撃のサロメ」でした。

オスカー・ワイルド作の『サロメ』は,現在,戯曲としてよりは,リヒャルト・シュトラウスのオペラの台本として知られています。その魅力は,ビアズリーの独創的な挿絵の力によるところもあります。ワイルドの描いた妖艶な『サロメ』は,ファム・ファタールの典型となっています。今回の講演会では,このキャラクターが,美術史的,文学史的に見て,どういう流れでこの形になったのか,ということが,沢山のスライドや動画を交えて分かりやすく説明されました。

今回の展覧会「ビアズリーと日本」については,先週,特に事前の知識なしに,ザッと観てしまったのですが,河村先生のお話を聞いた後ならば,もっと深く楽しめることは確実です。実は...招待券をもう一枚持っているので,是非,もう一度見てみたいと思います。

以下,講演会の内容について紹介しましょう。勝手に見出しを付けていますが,ご了承ください。

■ビアズリーが挿絵を描くことになった経緯

  • ワイルドの『サロメ』は,当時としては衝撃的な内容であり,英国では発禁になる可能性が高かったため,まず,英国よりは自由度が高いフランスで,フランス語版で発行することにした。
  • ビアズリーは,当時全く無名だったが,このフランス語版を読んで,そのクライマックス・シーンのイラストを描いていた。このイラストを観て,その後,発行することになった英語版の挿画をビアズリーに依頼することになった。
  • つまりオリジナルのフランス語版には,ビアズリーの挿絵は入っていない。
  • ちなみに,フランス語版を英語に訳したのは,アルフレッド・ダグラス卿という,ワイルドと”恋人”の関係にあった若い美少年貴族だった。
  • ワイルド自身が英語で書けば良さそうなものだが...ワイルドの希望で,なぜダグラスが訳すことになったのかは不思議である。
  • ビアズリーがフランス語版を読んで描いたイラストは,首から血がしたたり,それが外に続いて行くようなデザインだったが,英語版ではこのままだと具合が悪いと判断し,もう少し抑えたものになった。しかし,この絵によって,「サロメ」は日本を含む世界に広がることになった(表現は抑えたけれども,それでもインパクトは大きかったということ)。

■サロメのストーリー

  • オリジナルは新約聖書に出てくる,1行程度の記述である。
  • ヘブライのヘロデ王と妃のヘロデアは,淫乱な暮らしをしていた。サロメはヘロデアの前の夫の娘で,両親とは血の繋がりがない。ヘロデ王はサロメを愛し,ヘロデアはそのことに気づいている...というのが物語のベース。
  • もう一人,預言者ヨカナーン(英語名:ジョン,聖書ではヨハネ)という人物が登場。この人物は,ヘロデ王と王妃を批判している。
  • ヨカナーンは美青年であり,サロメはその愛を独占したいと思っている,それと同時に,自分に目をくれないヨカナーンに復讐をしたいと考えている。
  • ヘロデ王の誕生祝いに王はサロメにダンスを求める。その見返りに,サロメは,ヨカナーンの首を求める。

■ビアズリー以前のサロメ

  • 中世の絵画では,まだ妖艶なサロメではなかった。→リッピの作品
  • レオナルド・ダ・ヴィンチの影響を受けたルイーニの作品でも,サロメはヨカナーンの首を見てない。
  • ミケランジェロ時代のティツィアーノの作品になると,こわごわと首を見ている感じになる。

■文学の中のサロメ

  • 聖書のサロメは,あどけない少女である。
  • フローベール,マラルメなども描いており,次第に変化していく。
  • ハイネのサロメでは,ヘロデアがヨカナーンを愛しており,その生首に口づけをすることになっている。ただし,ワイルドがこれを読んだかは不明だが,

■ギュスターブ・モローの描いたサロメ

  • モローによるサロメの絵画では,ヨカナーンの生首が宙に浮かび,サロメを睨んでいる構図になっている。
  • サロメは全裸に近く,宝石を沢山身につけている。これは,モローの創作である。
  • このモローのサロメが1877年に英国で行われた展覧会で公開され,ワイルドがこれを観ている。ワイルドは,この展覧会についての評論を書いているので,観たことは確実である。
  • ワイルドは,このモローのサロメを念頭に置いて『サロメ』を書いたと考えられる。

■ワイルドのビアズリーへの反応

  • ワイルドはビアズリーの挿画を気に入っていなかったようだ。
  • ワイルドは,「サロメはビザンティン風のはずなのに,日本風になっている」とビアズリーの絵を評価している。
  • ジャポニスムは,フランスだけではなく英国にもあり,ビアズリーの挿画は,浮世絵の影響などを受けている(ただし,あまりにも「危ない絵」なので当時は出版できなかったものもある)。
  • 当時,東洋の象徴として孔雀が描かれており,ビアズリーは執拗に描いている(サロメの表紙の原画など。ただし,これもまた危ない絵だったので,初版では使われなかった)。
  • ビアズリーは,ワイルドの似顔絵と思われる挿画も描いており,ワイルド自身はからかわれていると思っていた可能性もある。
  • ワイルドは,リケッツという作家の挿画の方を好んでいたようだが,最終的にはビアズリーに描かせることを許可した。

■映画「ワイルド」

  • 休憩を兼ねて,映画の中で描かれたワイルドを紹介。
  • 1997年の映画『ワイルド』の動画を一部視聴。ワイルドにそっくりの役者が登場。ダグラス卿役は,デビューしたばかりのジュード・ロウが演じている。
  • この映画の中のセリフには,ワイルドの『サロメ』の中でヨカナーンの美しさを描いたセリフを意識したものがある。
  • サロメで使われている英語は,初学者でも理解できるような分かりやすいものである。それでいて,大変美しいものである。

■オペラや演劇での『サロメ』

  • 1905年にリヒャルト・シュトラウスがワイルドの『サロメ』を台本にして,オペラを作った。
  • 演劇の方は,それほど多くない。日本では,三島由紀夫演出,岸田今日子主演のものがあるが,特に三島らしさは出ていない。
  • 1992年のバーコフ演出によるモダンなスタイルの『サロメ』の一部の映像を視聴。スローモーションになったような独特のスタイルによるもの(語り口もゆっくりしていたので,英語の勉強に良さそう)。
  • 日本では,サロメを女形が演じることが意外に多い。例えば篠井英介がサロメを演じたものもある。血を赤い紙吹雪で表現。
  • シュトラウスの『サロメ』については,いちばん有名な「7つのヴェールの踊り」の部分で,踊らないといけないのがいちばんの問題。オペラ歌手には,太った人が多いので,「誰がサロメを歌うのか」が問題となる。
  • ロンドンのコヴェントガーデンで上演されていた,2代前の『サロメ』での,マリア・ユーイングのサロメを越えるものはないだろう,と河村先生は思っているそうです。その後,このマリア・ユーイングによる,「7つのヴェールの踊り」の動画を視聴(確かにそうかも,と思わせるエキゾティックで妖艶なダンスでした)。

■その後の絵画への影響

  • ユーゲントの「接吻」,クリムトの「接吻」,「ユディット(またはサロメ)」などに影響を与えている。
  • 日本では,竹中英太郎に影響

■まとめ

  • ワイルドの『サロメ』は,シュトラウスのオペラとビアズリーの挿画の力で,日本を含む,世界に広がった。
  • しかし,ビアズリーの作風は,もともとは日本の絵画の影響を受けている。
  • 今回の展覧会では,この相互の影響を感じてもらえるはず。



というような感じで,ワイルドの『サロメ』を中心に,その前後・左右をしっかり網羅するような,充実した講演内容でした。もともとは聖書の中の1行程度に過ぎなかったものが,時代が進むにつれて,段々と話が変わっていく,というのが大変面白いと思いました。