2016年2月27日土曜日

作家・和田竜 講演会「歴史小説を紡ぎ出す」(石川県立図書館)を聞いてきました。人気歴史作家の小説作法はとても興味深いものでした。

毎年,石川県立図書館で行われている真柄教育振興財団による講演会があったので参加してきました。毎回,有名作家のお話を無料で聞けるということで,スケジュールが合えば聞きに行っています。今年は作家・和田竜(りょう)さんの講演会でした。

私自身,和田さんの小説を読んだことはないのですが,最新作の『村上海賊の娘』が2014年の本屋大賞(本屋さんが選ぶ,いちばん売りたい本)1位に選ばれるなど,今注目の歴史小説作家です。

例年は,文字通りの「講演会」で作家が一人でしゃべるスタイルでしたが今回はFMいしかわのアナウンサー,松岡理恵さんが聞き手役となっていました。松岡さんからは,事前に募集していた質問をベースに「聞いてみたいな」と思わせる質問をバランスよく尋ねていただいたので,大変スムーズにトークを楽しむことができました。

今回をメモを取りながら聞いていたので,概要を紹介しましょう。以下の見出しは,ほぼ松岡さんの質問に対応しているのですが,私が勝手に付けたものです。

# その他,支障がありましたら修正・削除等を行いますので,お知らせください。

■石川県について

  • 和田さんが金沢に来るのは今回が初めて。金沢の後,七尾城にも行ってみたい。
  • 金沢の原点である,金沢御堂に関心がある。実際に歴史的な事件が起きた場所に行ってみるのが好きで,実際の城を見るよりは,「ここに城があったんだなぁ」という,想像する方が好きである。
■読書について
  • 小さい頃はほとんど本は読んでいなかった。母親から強制されたこともあったが,ますます苦痛になった。親は子どもが自分で本を手に取るまで我慢すべきでは。
  • 大学生になって,司馬遼太郎の「竜馬がゆく」を読んでからその魅力にはまった。
  • その後,龍馬が生まれた土佐や亡くなった京都などに出かけた。アイドルを追っかけて,実家まで行く(?)のと同じように,本を読むたびにその舞台となった場所に一人旅をしていた。
  • ちなみに和田さんのお名前の「竜」も,「竜馬がゆく」にちなんだもの(1968年のNHK大河ドラマ「竜馬がゆく」のブームの影響を受けたもの。)。そのこともあり,竜馬のイメージはずっと持っていた。
  • 司馬遼太郎の描いた竜馬は,スーパーマンのように描かれている。自分では意図していないのに,他人から好かれるようなところがあり,若者が読むと希望を与えてくれるようなキャラクターになっている。
  • 自分の魅力を他人が発見してくれるかも...と思わせてくれる点で,学生時代だから感動できた面もある。
■影響を受けた3冊の本
(1)司馬遼太郎『竜馬がゆく』
  • 今述べたとおり,まずは,この本。
  • 一人一人の行動が歴史という大きな流れを紡いでいくことに気づかせてくれた。
  • (歴史小説は難しくないか?という質問に対し)特に思わなかった。司馬さん自身「外国人に向かって書いている」と言っていたとおり,難しくならない工夫をしている。和田さん自身,司馬さんと同様の意識で執筆しているとのこと。司馬さんの小説によく出てくる「余談だが...」の後に続く話題も,そういった意識の反映と思われる。
(2)山田太一のシナリオ
  • もともとシナリオライターになりたいと思っていた。山田太一のシナリオはバイブルだった。
  • 特に鶴田浩二とまだ若かった水谷豊が出演していた「男たちの旅路」が良かった。オンエアのかなり後に図書館でシナリオを読み,映像を観たが,最終的に古書店で買って読んだ。
  • 山田太一のセリフにはリアリティがあり,自然である。
  • 例えば,「ふぞろいの林檎たち」の中で,柳沢慎吾とその母親役の吉行和子が交わす「日常そのまま話していそうなセリフ」は,書けそうで書けない。ストーリー展開に関係はないが,こういうセリフがあると人物の厚みが増す。その結果,感動的なセリフがより感動的になる。
  • シナリオを書くとき,いきなり議論を書いてしまいがちであるが,重要なセリフばかり書いていると,感動的なセリフを書いても感動的にはならない。
# なるほど,そのとおり,と思いました。例えば「寅さん映画」の泣き笑いも似た感じかもしれません。

(3)海音寺潮五郎の史伝シリーズ
  • 司馬遼太郎以外にも,海音寺潮五郎や山本周五郎の歴史小説も好きである。
  • 海音寺潮五郎が書いている,史伝シリーズはフィクションを入れずに,色々と資料を調べて書いたもので,「このぐらい調べているんだ」「これだけしか調べていないんだ」という「按配」がが分かる。
  • 海音寺さんは,このシリーズについて「後世に残すために引用しても良い」と言っているがありがたいことである。
■小説家になるまでの話
  • 映画監督になりたかったが,既に,会社が監督を雇う時代ではなかったので,まずテレビ・ドラマの制作会社に入り,アシスタント・ディレクターとして働いていた。
  • この仕事は大変だった。やはり物語の根幹を考えることをやりたくて,ADを辞めて,働きながらシナリオコンクールに応募するようになった。
  • その5年目に「忍ぶの城」で城戸賞を受賞した。4年目の時に既に「戦国モノ」の脚本で良い線まで行っており,選考に残っていたので,「忍ぶの城」が受賞した時は,嬉しかったが「まあそうだよね」という実感もあった。
  • コンクールで落選していた頃は落ち込んだが,新しいアイデアが浮かぶと,それに向かって突き進む楽しみの方が上回っていた。
■「のぼうの城」について
  • プロデューサの久保田さんから,原作となる小説を書けと言われて書いたのがこの作品。
  • 時代劇を映画化するのはお金が掛かり,売れる見込みがないのに発行してくれた。さらに,書店員の地道な動きが大ヒットにつながり,映画になった。
  • 映画化に際しては,シナリオのどこをカットするかなどで,犬童一心,樋口真嗣の2人の監督とかなりやり取りがあった。
  • この2人は,映画技術についての知識がものすごく豊富である。ここまで知っていないと映画監督はできないんだなと思った。
■どうやって執筆しているか
  • 資料は大体,東京都立中央図書館か国立国会図書館で調べている。この両図書館には必要な本がすべて揃っている
  • 図書館で資料を読んだ後,必要な部分をコピーすると膨大な量になる(段ボール2,3箱)。これを精読し,付箋を貼るなどして,後で参照できるように使いやすくしている。自己流のやり方で,分からなくなることもあるが,これでやっている。
# この手順は小説のための調査以外にも応用できるかもしれませんね。
  • (学問的に,意見が分かれるような事柄についてはどうしているか?という質問に対して)面白い方(ドラマとして面白くなる方)を取るようにしている。
  • 執筆中の気分転換は「歩き回ること」
  • 編集者とのやり取りについては,大きなものでなければ,ほとんどそのまま言うことを聞いている。
■現代の出来事との関係
  • 一時期,「名ばかり店長」が話題になったことがある。忍者の世界にの上下関係にも通じるものがあり,小説に反映したことがある。
  • ただし,現代と戦国時代については,違っていることが面白いのでは。「命の重さ」や「戦う感覚」などは,現代とは全然違う。現代では重いことでも視点を変えると,大したことでなくなる場合がある。この「視点を変える」ことを重視している。
  • 現代は「物語よりも現実の事件の方が面白い」と言われることある。現実に負けないように書くということもあるかもしれないが,歴史小説についてはちょっと違うのかも。
  • 和田さん自身は,「爽快感をもって,翌日をがんばって生きていけるような活力を与えられるように」ということを意識しているとのこと。
■お酒を飲みながら執筆
  • 和田さんは,常にビール(350ml)×2本+日本酒2合を飲みながら,原稿用紙5枚ぐらいのペースで執筆しているとのこと(年取ったらできなくなるシステム)
  • こうなったきっかけは,大学生の時,飲みながらシナリオの構想を考えたところ,面白いものになったことによる。酒に酔うと,ノリのある文章になる。セリフは反射であり,ノリが重要である。
  • ただし,その前提としてセリフだけのシナリオを作ったり,全体のコンストラクション(伏線などの計算)はまず作っておく必要がある。これについては緻密な作業になるので,シラフでやっている。
# この執筆方法は大変面白いですね。この影響を受けて,私自身,今,日本酒(1合)を飲みながら執筆しています。やってみての感想ですが...確かに構想がしっかり出来ていれば,良い感じで書けそうです。

■『村上海賊の娘』について
  • 執筆に4年間かかった。これまでは既にシナリオなどのベースがあったものを小説化していたが,この作品についてはそのベースがなかったので時間がかかった。
  • 基本的な調査,コンストラクション,シナリオ作成,2年間連載があり,その後,修正を行ったので,3年間ぐらいずっと同じことをやっていた感じ。リズムを持って規則的に書いていた(ただし,昼夜逆転だったが)。
ここで,この作品の主役の京姫のキャラクターを説明する文章を松岡さんが朗読
  • 主役の京姫のキャラクターは,時代劇としては異例(バタ臭い感じの容貌で性格も悪い)
  • 和田さん自身の好みの女性としたとのこと(つまり,「露悪的だが自分の欲望をきちんと表に出せる人物」)
■キャラクターづくりについて
  • キャラクター作りはセンスである。
  • 姫のキャラクターについては,「元気」「素直」だけだと面白くない。例えば,「自分の欲にまっすぐ」「ずるさ」などを入れる方が面白い,普通のセンスだけではつまらない。そういったことを思えるかどうかがポイントである。
  • この小説では,「大学生が社会に出て,色々苦労をする」ということをテーマにした。社会に出ると,まず,これまで自分がやってきたことを無視され,踏みつけにされるところから始まるが,そこからどう復活するかをテーマにしている。

■小説を面白くするには
  • 複数の要素があり,どのファクターが抜けてもだめ。
  • そのファクターには,史実,人物像,ストーリー,矛盾がない,全体的なバランス...がある。調べて考えるしかない。
■次作はどんな話?
  • まだ考えているところであるが,戦国モノになるだろう。
  • 戦国時代についての資料を読んでいるところである。
■石川県を舞台にすることは?
  • 調べれば,題材が出てくるかも。
  • 海音寺潮五郎は,江戸時代の加賀騒動について書いている。ただし,これについては書かないだろう。
  • 加賀藩については,江戸時代が面白そうである。
■会場からの質問
(Q1)『村上海賊の娘』ではなぜ女性を主役にしたか?
  • これまでは男対男の話ばかり描いてきたので,毛色を変えたかった。
  • また,海賊にいちばんイメージの合わないものを探した。
  • しかも,家系図が見つかって海賊の娘の存在が分かり,史実的にも矛盾していなかった。
(Q2)和田さんにとって歴史とは?
  • Q1同じ高校生からの質問でした。
  • 質問者は,「歴史」については,現代の問題を解決するために役立てるものという認識を持っているが,和田さんにとっては?もしかしたら「食い扶持」でしょうか?...という結構すごい質問。
  • それに対し和田さんは,ちょっと苦笑しながら,確かに食い扶持ではあるが,自分自身にとっての娯楽だからという理由を上げました。また,質問者同様,現代を解決するための材料の意味もある,とのことでした。
  • ただし,過去の出来事については,Aの方向の理由になることあれば,Bの方向の理由になることもある。頼り過ぎると判断ミスすることもある,とのこと。
以上のとおり,大変興味深い内容が詰まった講演会でした。充実の90分でした。

そして,終了後,これも毎年恒例になっていますが,和田さんの著作を持参した人に対してサイン会が行われました。例によって,私も参加してきました。文庫本で申し訳なかったのですが,現在読んでいる途中の「忍びの国」の標題紙に大きく書いていただきました。