2024年3月7日木曜日

本日は一日休暇。ユナイテッドシネマ金沢でヴィム・ヴェンダース監督 #PERFECT DAYS をようやく鑑賞。私にとってもパーフェクトな世界でした。

本日は一日休暇。ユナイテッドシネマ金沢で上映していた,ヴィム・ヴェンダース監督の映画「PERFECT DAYS」を観てきました。

この作品はカンヌ映画祭で主役の役所広司が男優賞を受賞し,米国のアカデミー賞で国際長編映画賞の候補になっている話題作です。今年の正月休みに映画館に観に行こうと思っていたのですが...1月1日に能登半島地震が発生し,観に行くタイミングを逸してしまいました。が,よくよく調べるとまだまだ上映している館があることが分かり,本日の午後からゆっくりと観てきました。

この映画は,東京の公衆トイレ清掃を仕事とする,古アパートで一人暮らしをしている中高年男性の日常生活を描いた作品です。この主役男性を演じるのが役所さんです。この生活が非常に魅力的に撮られていました。

役所さんが演じる平山は,東京スカイツリーの近くにある,都会にしては結構静かな感じの場所に暮らしています。早朝,近所の寺のお坊さんがホウキで掃除する音で目覚め,歯を磨き,植物にスプレーで水を掛け,玄関にセットしてある持ち物を順に身に付け,朝食代わりにアパートの前の自動販売機で缶コーヒーを買って,仕事用の軽自動の中で飲み...というルーティンがしっかりと描かれます。特に変わったことはしていないのに,毎日同じことをきっちりとやっている感じがリアルに伝わって来て,すっかり引き込まれてしまいました。

平山の部屋は,しっかりと掃除され,すっきりと片づいているので,どこか禅寺の修行僧のような感じもしました。朝のルーティンをきっちり撮影している点で小津安二郎の映画に通じる感覚もありました。

その後も平山のルーティンは続きます。仕事に行く途中の車の中では,1970年代のブルース(?)っぽい感じの音楽のカセットテープ(沢山所蔵)を聴きます。この音楽も良かったですねぇ。映画を通じて何回も出てくる,車中でカセットテープを聴くシーンはこの映画の基調とリズムをしっかりと作っていました。

都内の色々なトイレの清掃シーンもきっちりと描かれていました。平山の仕事ぶりは丁寧かつスピーディ。職人気質のようなものが伝わってきました。昼食は神社の境内でコンビニで買ったサンドイッチを食べ,その後,木漏れ日をカメラ(フィルムのカメラです)で撮影するのが日課。仕事が終わった後は,自転車で銭湯まで出かけ(平日夕方に空いた風呂に入るのは気持ちよさそう),その後は,馴染みの駅地下(多分)にある一杯飲み屋へ。

面白いのは,どの場所にも常連が居ることです。神社には平山同様一人でサンドイッチを食べているOLがいるし,銭湯には常連の老人2人組がいるし,一杯飲み屋では主人が何も言わなくても,「おかえりなさい」と言ってチューハイを出してくれる...という感じで,映画のタイトルどおり,パーフェクトな世界が出来上がっています。孤独な人たちだけれども,丁度良い距離感で何となくつながっているというのは,実は東京のような大都市でないと実現できないことなのかもしれません。

夜は就寝前に布団に寝そべって,スタンド照明の下で文庫本を眠くなるまで読むという毎日。レトロな照明の暖かな色合いが大変魅力的でした。その後は夢を見る場面(ここはモノクロになっていました)までしっかりと描かれていました。そして,最初の早朝のシーンに戻ります。

休日は休日でルーティンがあります。昼休みに撮影した「木漏れ日写真」を写真屋さん(こういう店は金沢にはないかも)に現像に出し,前週に出したものを受け取り,フィルムを購入してカメラにセット(なじみの店員さんとは言葉なしで通じる世界),その後,古書店に行き,夜に読む本を立ち読みした上で1冊購入(店員が毎回,一言コメントを付けてくれるあたりに「本への愛」を感じさせます),そして馴染みのスナックへ。この店のママが石川さゆり。このキャスティングは意外でしたが,その後,しっかり歌唱シーンもありました。生ギターの伴奏で歌っていたのは「朝日のあたる家」(この曲は車の中でも聴いていたかも)。これもまたいい味を出していました。

その他,トイレの近くでいつも踊っている不思議な人(田中泯さん。そのものの役柄)がいたり,トイレの目立たない場所に三目並べの書かれた紙が挟まっていて,不思議な交流ができたり...気に入ったシーンを書いているうちに,ほとんど映画全部になってしまいそうです。「ルーティーン」と書いたのですが、全く同じ日はないというのも面白い点です。その象徴が、平山が毎日撮影していた、「木漏れ日」の写真でした。同じように見えて違う。その違いを味わうというのが,生活を楽しみの極意なのだと思います。

映画を全体を通じて,「一人暮らしの良さ」「アナログな生活の充実感」が非常に魅力的に描かれていましたが,これは逆に言うと,常にネット(他人)とつながり,情報がどんどん入って来て,休む間もなく色々な選択を続けていかないといけない現代社会が非常にストレスフルだということを示しているのだと思いました。

その中で,このパーフェクトな日常を揺さぶる「いまにも現代の若者」といった人たちも登場します。平山の同僚の若い男や平山の姪の若い女性などが,平山の過ごす安定した世界に入ってくると,平山視点で少しヒヤヒヤしながら見てしまいました。こういった若い人たちとの,ちょっとぎこちないけれども,暖かみのある交流シーンも面白かったですね。それぞれ違う世界に住んでいるのですが,みんな平山に敬意を持ち,一目置いているのが良いなと思いました(姪との関係については,映画「男はつらいよ」の寅さんに引かれる甥の満男といった感じだったかも)。

映画の終盤,お気に入りのスナックのママが別の男性(三浦友和が登場!)と抱き合っているところをたまたま観て,ショックを受け,河原で缶チューハイを一気飲みするというシーンが出てきます(結構純情な平山ですね)。その後,この男性はママの元夫で,治療中のがんが転移していることが分かって会いに来たということが分かります。少し酔った2人が河原で「影踏み」遊びを始める意外性も面白かったですね。この部分は,この映画では,数少ないルーティンから外れた部分で,それが人生の哀感であるとか,パーフェクトな存在もいつかは壊れるといった儚さのようなものにつながっていると感じました。

主役の平山役を演じていた役所広司は,異例なほどセリフが少ない役柄でした。過去に何か色々と事情があったのでは,と思わせる寡黙さは往年の高倉健さん的でもありましたが,もっと自然体な感じでした。映画の最後のシーンはいつもどおり車を運転する平山の表情のアップで終わっていたのですが,こちらも異例なほどの長回し。役所さんの表情は満足しているようにも見えるし,少し寂しそうにも見えるし...という何ともいいようのない微妙さでした。この表情が映画全体をまとめていたと思いました。

というわけで,私自身の波長とぴったりと合った作品でした。同じようなシーンが繰り返し出てきましたが,それが実に味わい深く,いつまでも観ていたくなるような作品だと思いました。

PS.この映画で気になったのは,車の中でカセットテープで聴いていた音楽の数々と,寝る前に読んでいた文庫本。本の方は,フォークナー,幸田文,パトリシア・ハイスミスの作品でしたが,実際に自分自身で聴いたり,読んだりしてみたくなります。気持ちの良い部屋と本と音楽があれば,それが良い人生と思ったりもしますが...現実的にはそう単純にはいかないと思います。そういう点で現実を描いているようでありながら,理想を描いた作品なのかなと思いました。

PS2.平山が畳の部屋を掃除する時,濡れた古新聞をちぎって丸めたものを部屋に撒き,それをホウキで集めるというやり方をしていましたが,一度実験してみようかなと思いました。