2017年12月3日日曜日

石川県立美術館での金子賢治氏(茨城県陶芸美術館長)に講演会「日本の近現代陶芸:歴史と鑑賞」。タイトル通りの充実した内容。講演前には輪島塗ヴァイオリンによる室内楽公演

昨日(2日)は,12月の金沢とは思えない好天でした。前日,忘年会に出かける時に自転車を街中に置いてきたので,徒歩で外出したのですが,歩いているうちに快適な暖かさになってきました。

まず,石川県立美術館へ。現在行われている「東京国立近代美術館工芸館名品展:陶磁いろいろ」に合わせて,茨城県陶芸美術館長の金子賢治氏による講演会「日本の近現代陶芸:歴史と鑑賞」を聞いてきました。
金子さんは,前の東京国立近代美術館工芸課長で,現代陶芸評論の第一人者とのことです。私自身,「陶芸の見方」(特に現代の陶芸)に関心があったので,これは良い機会だと思い参加してきました。

講演の内容は,演題そのままの内容でした。最初に「現代陶芸の最先端」を象徴するような作品を,金子さんの解説付きでざっとスライドで見たあと,日本の陶芸の歴史,海外の陶芸との比較,現代陶芸の鑑賞のポイントとお話が続きました。大変分かりやすく,工芸分野以外の芸術鑑賞にも通じるような内容だったと思います。

以下,例によって内容を紹介しましょう。当日は配付資料はなかったので,私の方で勝手に章立てをしてみました。間違っている部分がありましたらお知らせください。

1 工芸という言葉

  • 日本は,縄文土器の時代からずっと陶芸が続いている特殊な国である。工芸に対応する単語にKraftとCraftがあるが,手作りを根絶やしにしてきたヨーロッパでの歴史を考えると,同じ言葉にするのは不自然。
  • 今では,Kogeiという用語も世界的に使われている。日本の工芸とKraftやCraftと共通するのは,共通するのは「高度な技術」に基づいていることである。

2 現代陶芸の最先端

  • 平成10年代様式(1998~2007)の作家が現代陶芸の最先端である。
  • 1971~1975年に生まれたSMAPと同世代の人たちが作っている陶芸が主流になってきている。
  • SMAPが1990年代に登場した時「日本の若い男もきれいになった」と感じた。生まれた時から,デザインに気をつかい,色々なものがきれいになった時代に育った世代である。
  • 作品は次に分類できる。
(1)新しい感覚の器(ファッションや雑貨との組み合わせなど)
(2)異形装飾(気持ち悪いものも多いが,気持ち悪すぎるとかえって気持ちよくなるもの)
(3)伝統工芸の新風((1)と区別はつきにくい)
(4)伝統的オブジェ(陶芸のオブジェは,伝統に反発するものとして出てきたが,当たり前になり市民権を得た)
(5)フィギュア(昆虫なども含む生き物の形)
分類を説明しながら,若手作家の作品のスライドが次々出てきて,とても面白い部分でした。

# 金子さんのお話の中で「陶芸」と「彫刻」の違いのお話が出てきました。陶芸は,土に作らされるもの。土の限界と人間の意図との塩梅を取って作るもの。彫刻は,土で作れないならば素材を変えるもの,ということで「なるほど」と思いました。

# 北川宏人さん(金沢21世紀美術館のコレクションにも入っていますね)の陶芸によるフィギュアについての説明も興味深いものでした。「作品は,非常に彫刻に近いが,作り方自体は陶芸的。区別が付きにくい。言葉がついて行っていない状況」とのことでした。
https://www.kanazawa21.jp/exhibit/collection/2008_2/kitagawa.html

3 日本の陶芸とヨーロッパの陶芸

  • 日本の陶芸には長い歴史があるので,古いものを学んで咀嚼する形にならざるを得ないが,「平成10年代様式」の作家にはその辺が一見わからない。
  • ただし,彼らは伝統に反発している訳ではなく,伝統を尊敬もしている。古さを感じさせないが,彼らのベースにも「伝統」はある。茶道の器への関心も高く,現在は空前の茶陶ブームになっている。
  • ヨーロッパの先駆的な陶芸家では,バーナード・リーチとルーシー・リーが知られている。
  • リーチは,1910年頃,版画家として来日後,陶芸家になった。その後,イギリスのセント・アイブズに移って,濱田庄司と窯を作るが,日本では当たり前のものがそろっておらず苦労。
  • ルーシー・リーは,自分自身で釉薬ノートを作り,いろいろ実験した結果を記録し,独特の釉薬を作った。
  • 二人とも,自分自身ですべて作り出している点が日本の陶芸家との違いであり,その作品を鑑賞するときのポイントにもなる。ただし,古い時代の作品を学んで発想のヒントとしている点については,日本人作家と変わらない(例:中国の宋の時代のやきものが最高という意識,ギリシャやローマを参考)

4 日本の陶芸の歴史
(1)縄文土器と弥生土器

  • 岡本太郎は,情報時代の火焔土器を非常に高く評価した。確かにその通りではあるが,これは岡本の感想に過ぎない。
  • 陶芸については,出来上がった作品に対しての見た目の印象だけではなく,作る側の思考まで想像を広げ,出来上がるまでのプロセスも考えないと,陶芸ほ本質はつかめないし,うまく鑑賞もできない。
  • 縄文土器は,形に土をはめ込んで作っているが,弥生土器は土でできることとできないことを考えながら作っており,楽しんで作っているようである。こういったことを考えると評価は変わってくる。
  • 縄文時代の土偶と弥生時代の埴輪についても同様のことが言える。ちなみに「ふりかえる鹿」の埴輪がある。「見返り」が好まれるのは日本独特。

(2)桃山時代

  • 陶芸の美的鑑賞が盛り上がったピークの時代。「茶碗一つで城が一つ買える」などと言われることもあった。
  • その反動で,「鑑賞の論理」一辺倒ではない,「洛茶碗」など違うスタイルが出てきた。桐箱から出してきて,鑑賞といったスタイルが今につながっている。
  • また,現在につながる窯場が日本各地に出来,陶磁器愛好の基盤になっている。

(3)陶芸家の出現
  • 宮川香山の時代から,集団の棟梁のような形で個人名が出てくる。
  • 板谷波山の活躍した大正から昭和に掛けての頃から,個人工房につながっていった。
  • 近代的な製作へと脱皮しようとする次のような動きがあった。
①西洋芸術的な作品を目指すもの(竹久夢二は,日本の人形作りの点でも大きな役割を果たした。彼の「おっかけ」の女性の中から人間国宝が出たりしている)
②日本の古典や桃山時代の茶陶にベースを置くもの
③中国・朝鮮の古典陶磁にベースを置くもの
④民芸運動
6 現代陶芸の鑑賞のポイント
(1)作家の存在:作家に直接,作品の背景を尋ねられる。
土の性質とのせめぎ合いの中で作っている。そこが面白いところ。独特の緊張感がある。
富本憲吉は,「形が第一」と言っている人として知られているが,陶芸の特徴として「陰影の美」を上げている。
(2)形の意識:ろくろを使うか,使わないか(この部分はしっかり聞いていませんでした)
(3)色彩と面:徳田八十吉など,色彩面でも勝負する陶芸もある。
(4)オブジェないし立体造形:実用性にはつながらないことが多いが,陶芸のプリセスで作られている。土を使ってできることにこだわる一方,制約があるからこそできる形もある。
最後にこのようにまとめられました。後で調べてみると,次の図録の解説を金子さんが執筆しており,本日のお話の一部も収録されていることが分かりました。

カラー写真満載で,近現代の陶芸作家のカタログのようになっている図録です。しかも1000円という安価だったので,少し前に購入したものです。説明の中でこの図録の宣伝をすれば,良いのにと思いました。

以上のようなお話でした。お話の中で,陶芸については,「土の制約」があることが何回か出てきました。この制約の中で新しいアイデアを試していくという考え方は,クラシック音楽の演奏であるとか,定型詩の創作の世界にも通じるものだと思いました。個人的には,完全な自由な世界というのはほとんどなく,ルールがあるから面白いというのが,人間の身体を使って作る色々な芸術に共通する性格なのではないかと思いました。

縄文土器と弥生土器の比較のところで出てきた通り,出来上がった作品だけではなく,作る側の思考まで想像を広げることが必要という考え方も,同様に他の芸術の見方に応用できると思いました。

金子さんは,東京国立近代美術館に長年携わってこられた方ですが,若い作家の作品をしっかり評価されており,感覚がとても若々しいと思いました。クラシック音楽についても,「現代音楽」という少々変なネーミングのジャンルがありますが,「気持ち悪いが,過剰になり過ぎると,気持ちよくなる」というのは,もしかしたら一見とっつきにくそうな「現代音楽」にも言えるのかもしれません。

というわけで,芸術の鑑賞全般について参考になるお話でした。

この講演に先だって,輪島塗ヴァイオリンを使った,次のようなミニコンサートがありました。

日時:2017年12月2日(土)13:30~14:00
場所:石川県立美術館ホール
演奏:坂口昌優(ヴァイオリン),細川文(チェロ),鶴見彩(ピアノ)
制作者インタビュー:八井汎親(ひろちか)

  1. バッハ:G線上のアリア
  2. 制作者インタビュー
  3. 服部隆之:NHK大河ドラマ「真田丸」テーマ
  4. ピアソラ:リベルタンゴ
  5. ハイドン:ジプシートリオ
  6. (アンコール)NHK連続テレビ小説「まれ」のテーマ

「真田丸」のテーマまで出てくるとは思いませんでした。演奏された曲の中では,ハイドン作曲の「ジプシートリオ(プログラムにはこう書いてありましたが通称?恐らく,最終楽章だけ演奏されたのだと思います)」が,いちばん生き生きと演奏されていて,良い曲だなと思いました。

輪島塗ヴァイオリンの制作者の大徹八井漆器工房の八井汎親さんのお話を聞けたのも面白かったですね。八井さん自身,バーナード・リーチとつながりがあり,セント・アイブズまで行ったことがあるなど,エピソード点が,うまく講演の話題とシンクロしていていたの良かったと思いました。

その後,「広坂」を降りて,今度は,金沢21世紀美術館へ。
広坂から見えた兼六園の雪つり
デッサン練習用の石膏の立体のように見えますね
「雲を測る男」も雲が無くお手上げという状態
展覧会「ジャネット・カーディフ&ジョージ・ビュレス・ミラー」の中の数点をじっくりと見てきました。この不思議で精密な,音あり動きありの「見世物小屋」的世界にはいり込むのは面白いですね。各作品の鑑賞に少し時間がかかるので,繰り返し行ってみようと思います。いつも長い列が出来ていて見ていない作品がまだあるのです。

さてこの日ですが,石川県立美術館まで徒歩で行ってみました。金沢医療センター裏の「八坂」を登ってきたのですが,この辺は城下町ならではの複雑怪奇な狭い道だらけ。この辺を舞台にサスペンスでも作っても面白いのでは,と思いました。
この階段を全部登りました。
後ろを振り返ると卯辰山方面がよく見えました。



八坂の名前の由来の説明

登り切ると兼見御亭の隣に出ます。

兼六園の入口の横を通り...

県立能楽堂の前。奥に見える「金沢偕行社」の建物は,
将来的には移転して,東京国立近代美術館工芸館の建物になる予定ですね。

完成予想図のチラシも入っていました。

ようやく石川県立美術館に到着