私は1回目の13:00~14:00の方に参加しました |
番組で取り上げられる作品の選択も素晴らしいのですが,それを解説してくれる「指南役」の先生方による丁寧な説明,役者さんによる原著の朗読,アニメーションやフリップを使った分かりやすい説明,司会の伊集院さんによる,率直で鋭い質問...「あらゆる面から名著に迫ろう」「多くの人に読んでもらいたい」という意図が伝わってくる,とても良い番組だと思います。
今回は,この番組の「指南役」として複数回登場されたことのある,哲学者の岸見一郎さん,宗教家の釈徹宗さん,批評家の若松英輔さんの3人の先生方と番組のプロデューサーの秋満吉彦さんが聞き手として登場しました。この番組をいつも観ている視聴者からすると,「夢の企画」といったといったところです。
テーマは「幸福の意味」でした。この日登壇された3人の先生方の専門である哲学,宗教,文学のどの分野とも切り離せないテーマだと思います。もちろん,日常生活の折に触れて頭の中を過ぎる「人生のテーマ」でもあると思います。
私もこのことについてよく考えます。「人間は必ず死ぬ。そのことを考えると幸福感は得られない。日々の生活・行動をしっかり行い,その中に喜びを見いだすことが幸福につながるのでは?」などと思っているのですが,本日のトークを聴いて,自分の頭の中で言語かできていなかったことを,鮮やかに言語化してもらったようなところがあり,「なるほど」の連続でした。
トークショーの時間は「90分+少しオーバー」でしたが,深い言葉が次々出てきたので,講演会を3つ聴いたような充実感がありました。「100分de名著」の目的は,知的な深さを持った本を多くの人に読んでもらいたいと思わせることだと思いますが,今回は,90分の間だけでも3人×3切り口=9冊も紹介されました。「さらに読んでみたい人のために」という形で「お薦め本」のリストも配布されましたので,この90分にとどまらない,広い世界に通じる有益な時間になったと思いました。
今回もメモを取りながら聴いていました。以下,その内容をご紹介しましょう。ただし,今回は,各先生方から,良い言葉が次々と出てきましたので,完全にはメモをし切れませんでした。このまま「正月特番」にできそうなぐらいの充実度だったと思います。というようなわけで,不正確になったり誤解している部分があるかもしれませんが,「個人的な備忘録」ということでご容赦ください。
以下の章立ては,トークショーのスライドに沿った形ですが,一部,私の方で適宜補っています。間違っている点や不都合な点などがありましたらお知らせください。
0.講師の紹介と「お薦め本」
トークイベントの最初に講師のプロフィールの紹介をするのが定番ですが,今回は「100分de名著」らしく,3人の先生が書かれた著作の中から,司会の秋満さんがお薦めする本を紹介しながらプロフィールが紹介されました。
(1)岸見一郎(哲学者)
- 肩書きは「哲学者」
- 『嫌われる勇気』の大ヒットでアドラー研究者と思われているが,ギリシャ哲学の専門家でもある。
- ギリシャ哲学×アドラーで「幸福」を読み解いた本が『幸福の哲学』
(2)若松英輔(批評家)
- お薦め本は『悲しみの秘儀』というエッセー
- 悲しい別れがあった時,この本を読んで悲しみを慈しんでも良いと分かった
- 悲しみをもてあました時にどうぞ
(3)釈徹宗(宗教家)
- 仏教以外でもNPOなど社会活動もされている。
- お薦め本は『お世話され上手』。コミュニティというものを知るために役立つ本。社会活動のヒントになる。
1 番組の舞台裏話
3人の先生方からの自己紹介を兼ねて,「100分de名著」という番組についての感想や裏話が紹介されました。
(1)岸見さん
- 台本の書き直しが多く,大変時間を掛けて作っている番組である。
- 台本の中の伊集院さんの部分は,アドリブになっていることが多い。伊集院さんは,あえて事前に読まずに来て,鋭い読み方をする。それを即興でどう受けるかが難しいが,面白い部分でもある。
(2)若松さん
- 収録中はスタジオ内に多くの人がいるが,とても気持ちの良い雰囲気がある。
- 打ち合わせに長い時間を掛けるなど,みんな真剣に取り組んでいる。そのことが,良い緊張感として表れているのだと思う。
(3)釈さん
- 『歎異抄』を取り上げた時,特定の宗教を扱うことについて迷いがあった。
- 最初,秋満プロデューサーは,「腰引けまくり」でお願いに来たが,結果として,『歎異抄』はうまく行き,その後,いろいろな宗教について取り上げることになった。
- 信仰している人がいるので難しさもあるが,「維摩経」など,経典の面白さを伝えるのは面白いと思った。
秋満さんからは,視聴率も気にしているという言葉もありましたが,「現代での意味を考えている」という言葉を聞いて,この点が作品選びのポイントになっているんだなと思いました。
2.幸福の意味を見つめなおす3冊
今回のメインテーマのような部分になります。3人の講師から,「幸福の意味」を見つめなおす本が1冊ずつ紹介されました。
(1)三木清『人生論ノート』(岸見一郎さんのお薦め)
# 今年,番組の中でも取り上げられた本ですね。
- 戦争中,獄死した哲学者による幸福論
- 「全体の幸福」というものもあるが,個人の人間的幸福を優先すべき,というのがメッセージ
- 「成功」と「幸福」は,現在でも混同されることがあるが全く違う。
- 「成功」は一般的なものであり,量的に測れる。「幸福」は各人のもので,質的なものである(「幸福は各人オリジナルのものである」ということを番組では言いたかったが,放送の時に「オリジナル」という言葉をかんでしまったので,放送されなかったそうです)
- 幸福とは「幸福である」と気づくもの。幸福は「ただある」もの。
秋満さんから,「岸見先生にとっては,本が売れることよりも,ギリシャ哲学を研究することの方が幸福なんですね」という分かりやすい(?)例が示されました。
(1’)フランクル『夜と霧』
- その後,フランクルの『夜と霧』の話になり,「強制収容所の中でも幸せを感じる力は失われなかった」ことが紹介されました。
- ナチスは収容された人たちの名前を奪うことで過去を奪い,量化した。また命を奪うことで,未来も奪った。しかし,「今」だけは奪えず,「幸福」も奪えなかった。
- このことを受け,岸見先生から,「未来については,未来に考えるべき。過去にも幸せはない」といったフォローがありました。「過去と未来を手放す」ということは『嫌われる勇気』でも出てきたと思いますが,これが幸福のポイントでしょうか。
(2)神谷美恵子『生きがいについて』(若松英輔さんのお薦め)
- 20世紀に書かれた思想書の中でもっとも大事な本。
- 観念ではなく,肉声で書かれた本。血で書かれた本である。
- ハンセン病患者の研究のため長島愛生園に毎週通ったことから生まれた本。当初は研究のスタンスを取っていたが,そのことを手放した結果,人間と人間のつながりになり,患者も心を開くようになった。
- ハンセン病患者から教えてもらったことを書いた本である。本当の書き手は名前を奪われたハンセン病患者である。
- こういう構造は,『歎異抄』(親鸞の教えを弟子の唯円が書いたもの)や『苦海浄土』と同様である。
- 生きがいは幸福の異名である。幸福は手に入れるものというよりは,「発見」すべきもの,包まれて生きていくべきものである。
ちなみに『生きがいについて』は,「100分de名著」の中で「もうすぐ取り上げる予定」とのことです。これも期待したいと思います。また,若松さんの著書の『生きる哲学』の中でも紹介されているそうです。
(3)メレディス・フーバー『ハニービスケットの作り方』(釈徹宗さんのお薦め)
- 釈さんが紹介した本は絵本。秋満さんも絵本好きということで,「よくぞ選んでくれました」という感じで紹介が始まりました。
- ハニービスケットを作るには色々なものが必要ということを,おばあちゃんと孫が対話しながら紹介し,最後に美味しく食べるといった内容。
- 幸福を感じる要因として,「何かがつながること」があると釈さんは指摘。動物と違って,人間は自分の心をどこまでも延ばしてつながりを感じると幸福を感じる。
- 人間の欲望をニーズやビジネスに変換してきたが,キリが無くなり,地球が持たなくなる状況。この本は,食の喜びを描いているだけでなく,このことを考え直すきっかけになる。
- 日本の絵本は素晴らしい。自死率の高かったパレスチナで絵本の読み聞かせを行ったところ好評だった。
- 幸福というのは,意外にシンプルなものではないか。今はいろんなものをくっつけ過ぎている。それを削いで残ったものに向き合うと幸せがみえてくるのでは。絵本はそのヒントになる。
(1)岸見一郎さん
- 無制限の欲望の追求は良くない。
- 一人で生きているのではなく,人とのつながりの中で何をすべきかを考えることが幸福のヒントになる。
(2)釈徹宗さん
- 幸福には次の3つのタイプがある。①生理的な幸福,②意味の幸福,③フローの幸福
- ②は,①だけでは機能しない。強制収容所では,「名前」が奪われたが意味をいかに機能させるかがポイント。困難を避けるのではなく,意味を掘っていくべき
- ③のフローの幸福というのは,「ゾーン」に入った状態。まわりと溶け合った感じ # スポーツ選手の話によく出てくるやつですね。
(3)若松英輔さん
- 幸福を「これ」と想定すべきではない。
- 観念化,概念化できない,言葉にできない重層的なものである。例えば,幸福は,フランクルが『夜と霧』の中で描いたような限界状態でも現れる。
- 「これ」と決めたとたんに量になってしまい,代替可能となってしまう。
3.困難や挫折に向き合う3冊
続いて,幸福とは逆の切り口で,避けられないものとしての「挫折」や「困難」に向き合うための3冊が紹介されました。
(1)北條民雄『いのちの初夜』(岸見一郎さんのお薦め)
- 著者の北條氏は,18歳でハンセン病を発病後,24歳で亡くなっている。
- 死ぬまで隔離されることに絶望し,首を吊ろうとするが,失敗。その後,生への愛情,生命のありがたさを知る。
- 病気の時に「健康のありがたさを知る」とよく言うが,これは良くなることを前提としている。治らない病気の場合もある。また人間はいつかは死と向き合わないといけない。
- そのとき,もはや人間ではなく「命そのもの」になる。現役時代,「先生」と呼ばれていた人(岸見先生自身もそう)が,その役割を外されたときどう生きるか?
- ハンセン病になりきらないといけない。アドラーの言葉でいうと「与えられているものをどう使うか?」と受け入れることからしか,新しいことは出てこない。
- ただし「病気の意味」を語っても良いのは,患者本人のみである。
- 一度死んだ過去の人間と決別することが患者に与えられた運命であり,そこに学びがある #この辺は...ちょっと難しかったので不完全な記述だと思います。
若松さんは,岸見さんの選んだ本をみて「これはオレ?」と思ったそうです。そして,「幸福と命は不可分。命で感じるものでないと幸福でない」と補足されました。
(2)プラトン『ソクラテスの弁明(若松英輔さんのお薦め)
- やりたいことが実現されないことが挫折ではない。自分以外の力による,人生の中での越えがたいものが挫折である(#この辺も少々怪しいです)
- 「若者をかどわかした」「神を冒涜した」ことでソクラテスは刑を受けることになる。そのことに対するソクラテスの弁明が書かれた本。500人の前での弁明というのがポイント。
- とても面白い本。若松さんは,1年に1回ぐらい今の時期に読んでいるそうです。
- 信じたことをやったために処刑されるということで,表面的には挫折に見えるが,刑を受けることで言葉が永遠化されている。
- 挫折の時,とてつもなく大きなものを産むことがある。困難を引き受けることは,とてつもない経験をもたらす。
- ソクラテスは,逃げようと思えば逃げられる状態だったのに,逃げなかったことで残る本になった。
その後,「語ることを止めると飛び火することがある」という話題に。
- 人は自分が語らないといけないと思うが,語らなくても「体現」され,後世に伝えることがある。
- 宗教がそうである。釈迦,親鸞...その人が種をまいた後,弟子に飛び火して,本を書いている。
- 複数の人による知の集積とも言える。その方が後世に残りやすくなる。探求の姿勢が言語化され,部外者のままでなく,当事者に立たさせる。それが名著の力である。
# 今日の話も「持ち帰ってください」ということで,この文章をまとめているところです。(3)フェスティンガー他『予言のはずれるとき』(釈徹宗さんのお薦め)
- 認識と現実がうまくかみ合うと幸せを感じる。それがズレてしまうのが「認知的不協和」。その理論が書かれた本
- 宗教教団についての調査を行った結果,「予言」が外れたとしても,その教団は解散せず,さらに熱心になっていく傾向があることが分かる。その理由は,不協和状態に耐えられなくなり,それを埋めようとするから。
- こういったことは,我々も自己防衛反応として日常からよくやっている(退行とか代償とか...。例:あのブドウは酸っぱいといった理由づけ。号泣する議員)。
- しかし,逃げてばかりいると,社会適応が難しくなる。そうならないために,仏教では,今を生きる技術として,①身体,②言葉,③心を整えることが必要と説く。
この話を受け,次のような話題が続きました。
- 秋満:医師の熊谷晋一郎氏は,痛みから逃れるために,痛みの研究に没頭した。しっかりと挫折などの負の経験に向き合うとクリエイティビティが出て,ものすごく深いものを残してくれることもある。深い意味を掘ることが幸福につながるのでは?
- 釈:熊谷氏は「自立とは沢山のものに依存していることだ」といった言葉も残してる。
- 岸見:苦しみや苦悩というのは,空を飛ぶ鳥にとっての空気抵抗のようなもの。鳥は真空の中では飛べない。
- 若松:「困難と挫折」の間にある「と」が幸福なのかもしれない。人間は生まれて,死ぬが,生死だけが分かっても人間は分からない。「間(あわい)」を見つけることが大切。
# この言葉は,能楽師の安田登さんの言葉とのことですが...実は意味がよく分かりませんでした。もう少しこの用語の意味を探ってみたいものです。ちなみに,10月に安田さん演出の「天守物語」を観たばかりだったので...つながっているなぁと思いました。
- 秋満:光と闇,そのどちらかが幸せというわけではない。その間のものという気がする。
- 釈:クリアな回答はないが,人類の知恵の結晶,叡智が宗教である。「死」は仕方がない。その死について,違う風に受け取り,意味を伝えるのが宗教言語では?
- 岸見:宗教はそこに飛び込んでしまう。哲学はギリギリまででとどまる。ギリギリまで行くのは,宗教的センスである。
- 秋満:その点で,宗教には危ない面や副作用もある。そのことを避けるには,まずは仏教やキリスト教などの伝統的な宗教を学ぶべきでは。
4.質疑応答
Q1:アドラー心理学に出てくる「課題の分離」に関連した質問。教育には,水を飲みたくない生徒にも水を飲ませることも必要だと思うが,どうすれば良いか?
A(岸見):知らないことを学ぶことは楽しいということを示すべき。生活指導よりも,教材研究を熱心に行うべき。また,絶対に生徒の責任にすべきではない。
Q2:「退行」し過ぎて,社会に適応できなくなった。資本主義社会の中でなかなか稼ぐことができず,クリエイティビティをどこに向かわせるべきか分からなくなった。
A:この質問は人生相談のような感じでしたが,全員から回答があり,結果的にこの日のトークのまとめのような感じになりました。
釈:うまく自分が機能しないということならば,その編み直しが必要。ただし,全部がうまく編めている人などいない。自分を見つめなおすべき。そのためには他者を観察すると良い。ビジネスに上手く乗れないことは悪いことではない。一人勝ちになるような社会には乗れない。そういう若者は多い。
若松:自分自身,37歳になるまで約15年間何も書けなかった。その期間が重要。できていないときに,うごめいているものを見つめるのが大事。「書く」と言うことは,「手放していくこと」である。そういう場ができると良いですね。「書く」と色々言われるが,書いた後は,「自分に宿ったものだが,もうオレのものではない」と考えた方が良い。
# 私も「そのとおり」と思いました
岸見:退行というのは,課題から逃げること,または,飛び込まない理由を作ることである。そのことが価値があると考えたり,好きになることで勇気が出る。そのことは自分で決められることである。他者に貢献していると感じることで,自分の価値が考えられるようになる。
秋満:資本主義については気にしない方が良い。私自身,今回の仕事についても,業績になるわけではなく,楽しいからやっている。現実には確かに厳しい面もあるが,縛られすぎないのが良い。
岸見:生きていくことそのものが価値である(例:生まれたばかりの子供は,そのままで幸福を与えてる)。幸福は表現的なものであり,表さないと幸福にはならない。
最後もう1件,釈さんの書かれた著作についての専門的な質問があったのですが,これについては省略します。
というようなわけで,非常に長くなってしまいましたが,このとおり内容がぎっしりと詰まった,素晴らしい内容でした。「100分de名著:クリスマス特番」を見終わったような,心地よい充実感が残りました。ちなみに16:00からの第2回の方では,第1回とは全く違う本を紹介された...とのことです。どういう展開になったのか,少し気になるところです。
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その後,せっかく新しい図書館に来たので,図書館利用券を作り,館内をざっと眺めてきました。まだ,完全に全部のサービスが始まっていないようでしたが,平日は夜10時まで開館しているというのは,県内の他の公共図書館にはない点ですね。今度は,図書館利用の方を目的として,また来てみたいと思います。
他人に迷惑にならないなら,撮影可とのことでしたので,記念に1枚 |
自動貸出返却装置です。 |
野々市市出身の米林宏昌さん(ジブリの映画監督)のデザインの絵だと思います |
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