2017年4月16日日曜日

宮下奈都×岸政彦トーク「音楽の森と,物語の断片」 @オヨヨ書林せせらぎ通り。岸さんの盛り上げで宮下さんの小説の魅力がリアルに伝わってきました

作家の宮下奈都さんと社会学者の岸政彦さんによるトーク「音楽の森と,物語の断片」がオヨヨ書林せせらぎ通り店で行われたので聞いてきました。
スタート前です。夕日がよい感じに差し込んでいました。
イベントのチラシです。
宮下さんは,『羊と鋼の森』(以下『羊』)で昨年の本屋大賞を受賞されています。今年の恩田陸さんの『蜜蜂と遠雷』同様,ピアノが重要な役割を果たす小説ですが,ピアニストではなく,ピアノの調律師の物語になっているのが違う点です。本日のトークを聞いて,「対象的な作風だな」と改めて思いました。

岸さんのお名前は全く知らなかったのですが,『ビニール傘』という作品が芥川賞候補となるなど,社会学の研究者としてだけではなく,小説家としても活躍されている方です。

本日のトークは,音楽がテーマということで,まず,宮下さんの『羊』を読んだ後,主に宮下さんのお話を目当てに聞きに行くことにしました。今回の入場料は1500円だったのですが,大変楽しく,充実した内容だったと思います。

トークは,おもに岸さんが宮下さんの言葉を引き出すような形で進行していきました。岸さんは,大学の教員とは思えない(?)ほどの硬軟を交えた絶妙のトークで,宮下さんだけのトークでは出てこないような,色々な話題がしっかりと引き出されていました。

本日もメモを取りながら聞いていましたので,私の感想を交えながら内容をご紹介しましょう。小見出しは私が付けたものです。その他,間違っている部分もあるかもしれませんがご了承ください。
# やや一生懸命書きすぎたかもしれないので,問題がありましたらお知らせください。
古本に囲まれてのトーク。初めてこの店のイベントに
参加しましたが,とても良い雰囲気でした。

1 きっかけ


  • 2人のトークショーは今回が初めて。
  • 今回のトークは,紀伊国屋書店福井の方が黒幕となって実現。ちなみに,宮下さんは福井県出身で,福井の図書館にはコーナーがあるとのこと。
  • さらにオヨヨ書林さんの同級生のつながりなどもあって,「同じ北陸なら...」という大雑把な感じで実現

2 実は2人は同い年


  • 岸さん:宮下さんの本を読むと15歳の少女の居場所のなさのようなものが表現されていて「キュンキュンする」。
  • 「私は50歳のオッサンです」と岸さんが語った後,「実は同い年なんです」という流れになってしまい...岸さんは「若く見られるんですよ」とフォローしつつ,平謝り。実際,お2人ともとても若々しく見えました。
  • キュンキュンするのは,音楽の力がある,ということで音楽の話へ。

3 宮下さんと音楽との出会い


  • 3歳の頃,ピアノを習い始め,ずっと音楽を聞いて来た。
  • ただし,大人になって聞く時間が減って来た。自分の子どもからの指摘で「私もそういうつまらない大人になったんだなぁ」と気づく。
  • クラシック中心から,段々とロック好きになっていく。

4 宮下さんの作品中の音楽


  • 岸さん:『羊』の中にライブハウスのエピソードが入っている。この部分での記述に愛情を感じた。
  • 『よろこびのうた』の中にブルーハーツが出てくる。宮下さんは,シンプルなロックが好きとのこと。
  • 音楽は言語化できない。宮下さんが「読む人のそれぞれの頭の中で曲が鳴ってくれれば良い。具体的な曲名の説明も必要ないと思う」と語っていたのが印象的でした。# この点は村上春樹さんや恩田陸さんの小説とは正反対かもしれませんね。
  • 岸さん:『よろこびのうた』の中で居酒屋の中で「ハッピーバースデー」を歌う場面があったが,そこだけで終わっていないのが良い。1回限りでなくもっと深いところを描いている。職業としてやり続けるところまで書いている。「音楽を聞いて,罪が許された」といった感じで書きたくなるが,もっと世俗的なところで書いているのがすごい。
  • 宮下さん:1日の体験なら誰でもある。日常はそれだけではない。作品としては,天才が出てくる方がドラマティックで書きやすいかもしれないが,それをやったらダメだと思っている。

5 宮下さんの文章作法


  • 文章を書くとき,「自分は書いているフリをしているのでは」と思ってしまう。文章を書き始めるまでのハードルが高い。家の中ではリビングで書いているが,準備が必要である。
  • 30歳過ぎに突然書きたくなった。妊娠中にホルモンが変わったのか,「読むのが好き」に加え「書くのが好き」になった。
  • 書き出すと夢中になって独特の快楽を感じる。これまで使ったことのない脳を使っているように感じる。
  • 書いた作品は最初から世に出た。
  • 岸さん:これは才能ですね。 # ちなみに岸さんの方は,新潮社の担当者から言われて小説を書き始めたとのこと。
  • ストーリーは考えずに書いている。書き出してから考えている。
  • 岸さんが「書いたものは読み返しもしない」と言われていたのに対し,宮下さんは「一気に書いた後,ものすごく直す」とのこと。
  • 好きなディテールが細かくなり過ぎると後で削る。こうい没ネタは他の作品でも使えないものである。 # このことは先日の川上弘美さんのトークでも同様のことを言われていました。
  • 岸さん:文章の作成はジャズの演奏と似ている。慣れると間違えようがなくなる。考えないと間違えられなくなる。間違いは,あるクラスターの中で起きる。ウィトゲンシュタインがこういうことを言っている。

6 嘘と本当,どちらを書いている


  • 宮下さん:嘘でないことを書いている。自分の中で起きていることを書いている。起こっていることを書き写している。
  • 岸さん:星野智幸氏も同様のことを言っている。

7 エッセーと小説の違い


  • 宮下さん:エッセーと小説とでは脳の中の使っている部分が違う。エッセーの方は,書いていても快楽は来ない。
  • 文章は誰が書いている?・・・といった話題が出たのですが,この辺は聞き逃しました。

8 現実を切り取ることについて


  • ノンフィクションについての疑問,現実の中からどこを切り取るか?どうすれば完成するのか?
  • 写真についての疑問:同じものが写る。それでも芸術?絵の場合とどちらが芸術的?
  • 岸さん:エスノグラフィについては,「小説でいいんじゃない」と思うことがある。違う社会学者が書くと違うものになる。こういったことから「現実はない」と言う人がいるが,その論にはうんざりする。現実はやはり一つ。
  • クラシック音楽も似ている。クラシック音楽は教科書的に固まりきった音楽ではない。すごく表現の幅が広い(例:グールドのピアノ)

9 音楽に価値はあるか?


  • 岸さん:音楽は言語化できないが,確かに実在するものである。その点で宗教的であり,神と同じである。
  • 宮下さん:NHKの合唱コンクールのために詞を書き,それに作曲家が曲を付けた。その時,生徒の音域を考えて,半音音を下げる提案があったが,作曲家は曲のキラキラ度合にこだわり,下げることに反対した。
  • 岸さん:音楽のジャンルに価値が存在することになると,宗教戦争のようになる。価値と価値のぶつかり合いになる。芥川賞と文学賞のぶつかり合いと同じかも。

10 好きな本の話題


  • 岸さん:キング,ボネガットしか読まなかった。大江健三郎を読んでみたら...面白かった。
  • 宮下さん:同感。すごく新しいと思った。いつも本を読んでいるが,お薦めの本はいつも当たらない。
  • その他,小川洋子,いとうせいこう,柴崎友香の名前が出てきました。
  • 宮下さんの好きな本3冊:絞るのは大変そうでしたが,次の3点を挙げていました。


  1. 大江健三郎『万延元年のフットボール』
  2. アゴタ・クリストフの作品
  3. 谷崎潤一郎『細雪』(ダラダラ読むのが好き。大きなドラマはないが,小説の醍醐味が入っている)

11 好きな音楽


  • 宮下さん:好きな音楽の音源として次の曲が流されました。


  1. ショパン/ノクターン遺作
  2. ショパン/幻想即興曲
  3. ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ「月光」


  • 実は全部,嬰ハ短調!特定のキーが好きだということに気づく。ちなみに先ほど出て来た,ブルーハーツも同じキーだった。
  • その他,宮下さんは何かCDを持参するはずだったのですが...忘れてしまったとのことです。また,本番用の靴を持参するのも忘れていたとのことです
  • 岸さんの聞くクラシック音楽:グールドのバッハ(ペダルを踏まず,歯車のようにカチカチ進む感じが好き(# このカチカチ進む感じは私も気に入っています),ショスタコーヴィチ,リゲティ
  • 岸さんの薦める「いい人そうな曲」(=曲の「人格」がいい人そうな曲):曲名はメモしませんでした。後でツイッターでお知らせするとのことでした。


  1. 四度進行で帰ってくる曲
  2. ブラジルの曲。C→Amコード進行(ベースが同じ和音)の曲。酸いも甘いも分かっているような曲
  3. 無条件にいい人(ドミニカの人)が歌っている曲
  4. キャンディーズの曲(歌詞が前向き)
  5. ジンバブエの人の曲(いちばん良い温度の風呂に入った時のような声)

12 執筆の義務感


  • 宮下さん:音楽を聞きながら書けないが,ピアノを弾いた後だと書きやすくなる。生活のために書いているわけではない(ここで,数年間書かなくても良いぐらい,『羊』がヒットしたことが紹介され,「おぉ」という感じに)。
  • 岸さん:書くときに義務感は感じるか?
  • 宮下さん:ある。私から書くことを取ったら何が残る?人並みの仕事が出来なかった仕事を3年でやめ,普通の母親として10年間ぐらい過ごした。その間焦燥感があった。書くことは楽しく,本屋大賞も取った。

13 宮下さんの小説の特徴


  • 岸さん:宮下さんの小説には,何かに帰依する感じがある。居場所のない人が大きなものに出会い,その一部になっていく感じ。
  • 宮下さん:自分自身なのかな?
  • 岸さん:少女マンガっぽいところもあるが,実は厳しく,小説の底に禁欲的なものを感じる。プロテスタンティズムの倫理に通じるのでは。見えないものに自分を捧げる感じ。ファンタジーにおける魔法の役割を果たしているのでは(この辺は曖昧です)。ファンタジーの形式で自己成長している。大成功はしないし,天才が出てくるわけでもない。「そこそこの居場所」を見つける。

14 岸さんにとっての文章


  • 岸さん:文章にニッチでマニアックな居場所をもらった感じ。いつも周辺にいる感じである。
  • 宮下さん:その方が居心地が良いのでは?
  • 岸さん:他を知らないので分からない。
  • 宮下さん:岸さんの本では「街の人生」が面白かった。
  • 岸さん:勁草書房から出した,思い入れのある本である。

15 質疑応答

Q1 宮下さんの好きなピアニストは?
アリシア・デ・ラローチャ。スペイン曲集が良い。

Q2 (宮下さん)文章を修正するのは苦しくないか?
文章を読むと,下手さに衝撃を受ける。通しで直していく。他人は「苦しい作業」と呼ぶんかもしれないが,書く方がしんどい。直すのはめんどうだが,直すと確実に良くなる。

Q3 岸さんの好きなジャズ・アーティストは?
コルトレーン,ビル・エヴァンズなど定番のアーティストに結局戻る。その他,「一人で完結している人」が好きである。ジョアン・ジルベルト,セロニアス・モンクなど。人とのコミュニケーションが苦手だが,一人で全世界を作っている感じの人。自分自身,社会学者でありながら,人づきあいがよく分からない。個人の生い立ちなど,もがいている個人が好きである。



というような感じで,今回もまた,小説家ならではのお話を聞くことができました。いつも思うのですが,作家から直接お話を聞くというのは,面白いものです。そして,その作家の本を読んでみたくなります。特に宮下奈都さんの小説については,本当に岸さんの言われるとおりなのか,是非確認したいと思います。

2時間近く続いたトークの後,サイン会が行われたので,これにも参加してきました。
うつのみや書店の方が本を販売していました。
宮下さんの本は持っていたので,岸さんの本だけ購入
宮下奈都さんのサイン
岸政彦さんのサイン+トレードマークのスタンプ(左下)



昨年,紀伊国屋じんぶん大賞を受賞した
「断片的なものの社会学」にサインをいただきました。
さらに「どんくま」のチロルチョコまでいただきました。

なかなかおいしいミルクチョコレートでした。

本日のチラシとお2人の本です。明日からは岸さんの本を読んでみたいと思います。