2019年1月13日日曜日

シネモンドで何気なく鑑賞した邦画「鈴木家の嘘」は,長男の自死という重いテーマを巡る家族ドラマ。大変見応えがありました。映画を観た後,街の風景が少し違って見える気がしました。

映画の割引券があったので(実は映画館で観るときはいつもそうなのですが...),香林坊のシネモンドで「鈴木家の嘘」という邦画を観てきました。
チラシを観て面白そうだったこと,朝いちばんの上映だったこと,が選んだ理由だったのですが,予想以上に見応えのある作品でした。

ストーリーは,長男が自死した後の,東京郊外に住む平凡な家族の心情や葛藤を描いたものです。「ひきこもり」を続けていた長男の自死を発見した母親は,その光景にショックを受けて意識を失い,長男の死の記憶も亡くします。意識回復後も,家族は真実を明かすことができず...ちょっとした話の成り行きで「おじさんの仕事の関係で,アルゼンチンに渡り,元気に働いている!」ということになってしまいます。皆でおそろいの「チェ・ゲバラのTシャツ」を着たり,記念撮影をしたり,あれこれ嘘を重ねていくことになります。この辺のちょっとハラハラするような,コメディタッチを交えた部分が前半の展開の中心です。

しかし,嘘を重ねるのにも限界があり,最終的には,長男の死が母親にも知られ,さらなる苦しみが始まります。長男の自殺の理由については,最後まで不明確のままでした。長男をめぐって,平凡な家族間の色々な確執が段々と明らかになってくるのが後半の見所だったと思います。身近な人であっても全部を理解することは困難であり,誰でも心の中に秘密や闇のようなものを抱えている...といったことが,リアルに伝わってきました。

「鈴木家」のメンバーを演じていたのは,父:岸辺一徳,母:原日出子,長男:加瀬亮,長女:木竜麻生の4人でした。この4人のピタリとはまった演技の力で,一見大きな問題はなかったのに長男の死をきっかけに,家族が崩壊してしまいそうになっていく不安定さが見事に描かれていました。4人の中では,特に母親役の原日出子さんの「いかにも優しいお母さん」的な雰囲気と娘役の木竜麻生さんの家族を回復させようとする健気さが素晴らしく,段々と他人事とは思えない,切実な気分になってきました。

ドラマの展開を観ていると「家族の自死」といった大きな悲しみは,「理屈」では解決できないことが分かります。むしろ優しさの帰結としての「嘘」であるとか,状況を受け入れるための「時間」の方が大切という気がしてきます。しかしそれでも解決はしません。

そして,この作品でいちばん迫力があったのが,家族それぞれによる,「恨み・悲しみ・思い...を口に出し切ってしまう」シーンでした。聞いていて辛いシーンの連続でしたが,そのリアルな演技を観ているうちに,次第に映画を観ているお客さんにとってもカタルシスになってくる気がしました。それぞれの人物が,心の中に人に知られたくないような部分を残しながらも,必死に生きようとしていることの愛おしさも伝わってきました。映画の中で,グリーフ・ケアのサークルが活動する場面が何回か出てきました。その有効性は別として,回復のためには思いを「外化」することが不可欠なのではと感じました。

家族4人以外では,大森南朗,岸本加世子といった,芸達者な役者がしっかりとドラマを盛り上げていました。家族4人だけだと,煮詰まってしまいそうなところを,絶妙なタイミングで「息抜き」してくれるような使い方だったと思います。

いずれにしても,安易な結論は出そうとしていなかったのが良かったと思いました。ジタバタと苦しんでいく過程の中から,最終的には「とにかく生きていこう」という軽やかさが滲み出ていました。リアルで重い演技の果てだからこそ味わえる「救い」の気分のある映画だと思いました。

PS.シネモンドだと,いつも集中して鑑賞できます。その後は,ずしりと重いものを心に受けたまま,香林坊~片町の商店街をフラフラと徘徊。こういう映画を観た後だと,街の風景が少し違って見える気がしました。本日の金沢は昨日以上の好天になりましたが,こういうことができるのも街中にある映画館ならではの良さだと思います。