2017年11月25日土曜日

#21美 で #芳賀直子 さんによる講演「踊る文学者とその時代:徳田秋聲の見たダンス,踊ったダンス」を聞いてきました。情報量が多く,勉強になりました。新展示「ジャネット・カーディフ&ジョージ・ビュレス・ミラー」も凄そう

徳田秋聲記念館で始まったばかりの展示「踊る文豪:秋聲とダンス!」にあわせて,舞踊史研究家の芳賀直子さんによる「踊る文学者とその時代:徳田秋聲の見たダンス,踊ったダンス」と題した講演が行われたので聞いてきました。会場は金沢21世紀美術館のシアター21でした。

芳賀さんの研究テーマは,セルゲイ・ディアギレフ主宰のバレエ・リュス(ロシアバレエ団)ですので,「一体,秋聲とどうつながるのだろう?」と思ったのですが,秋聲はダンスを自分で踊るだけではなく,アンナ・パブロワをはじめ,いろいろなダンスを見ていたということで,日本のバレエ受容史の話とつながっていました。

芳賀さんの語り口は大変滑らかで,予定の講演時間2時間をフルに使って,バレエそのものの歴史と日本での受容史を概観し,秋聲にとってのダンスがどういうものだったかについて,情報量たっぷりのお話を聞かせてくれました。

(参考)芳賀直子さんのWebサイト
http://naokohaga.com

個人的には,まず,バレエの歴史の話が勉強になりました。芳賀さんは,バレエの歴史は,包括的にまわりのことを分かっていないと研究できないと言われていました。そのとおりで,西洋史をはじめとした世界の歴史とのつながりが面白いと感じました。

以下,内容を紹介しましょう。章立ては私が勝手に付け,順番も再構成したものです。理解の足りない部分などもあると思いますので,間違いがありましたらお知らせください。

1 はじめに
  • 今回は,金沢にある「高橋麻帆書店」のつながりで講演することになった。
  • 秋聲がダンスを始めたのは,当時としては相当な老人と言える60歳からだった。秋聲のように「見る」「踊る」の両方をやった文学者は少ない。
  • 秋聲の生きた時代は,バレエ史的には,ロマンティックバレエの終焉からバレエ・リュス・ド・モンテカルロの活動期に該当する大変面白い時代である
2 用語の確認
(1)ダンスとバレエの違い
  • 「5つの基本ポジション」の有無だけの違い。トゥシューズを履かないバレエもある。
  • バレエについては,近年は動画で保存することが多いが,楽譜に該当するNotationも今でも使われている。
(2)舞踊と舞踏の違い
  • 日本では,この2つは混同されている。
  • 海外でButohと書かれた場合は,土方巽から始まった「白塗り」の舞踊を指す。舞踊は色々なダンスやバレエなどを含む広い概念である。
  • 秋聲の生きていた時代の舞踊は,現在よりは,教養に近いものだった。
3 バレエの歴史
バレエの歴史は,ルネッサンス期にイタリアで始まり,フランスで発達後,ロシアで完成。その後,バレエ・リュスとバレエ・リュス・ド・モンテカルロによって世界に広がったと要約できる。
(1)イタリア
  • ルネッサンス期のバレエは「バロック・ダンス」と呼ばれる。
  • その後,カトリーヌ・ド・メディシスがフランスに伝えた。
(2)フランス
  • ルイ14世はバレエを愛した。彼の肖像画に「足」が描かれることが多いのは,そのため。「太陽王」と呼ばれたのも,彼が演じたバレエの役名から来ている。
  • その後,王権は消えてもバレエは残った。"Beauty is power"ということで,みんな観たかったから残った。
  • 権力に愛されると様式化される。ボーシャンによって,「バレエの5ポジション」が体系化され,文法化していった。
  • その後,ルイ14世は太ってしまったため踊れなくなるが,1713年,バレエ学校を創設した。これがパリ・オペラ座のバレエ学校の創設年となっている。
(3)ロマンティックバレエの時代
  • ロマンティック・バレエというのは,「ロマン主義文学(この世のものでないものを描いた文学)によるバレエ:
  • トゥ・シューズの起原は定かではないが,この頃は使われていた。重力からの自由をトゥ・シューズでのダンスで表現した。
  • ロマンティック・バレエの代表作は1832年の「ラ・シルフィード」,1841年の『ジゼル』
  • 権力と近かった時代のバレエは「男の時代」だったが,ロマンティック・バレエは女性メインのダンスだった。男役も女性が演じるようになり,次第に衰退していく。
  • 1870年の『コッペリア』がロマンティック・バレエの最後。
  • ちなみにドガによるバレエの絵はこの頃描かれたものである。
(4)ロシア
  • 当時のロシアは帝政であり,すでにバレエ学校があった。また,サンクト・ペテルブルクなどでは,フランスへのあこがれが強く,上流階級はみんなフランス語を話すことができた。
  • そして,フランスで行き場がなくなった男性ダンサーの多くがロシアに向かった
  • その頃,プティパが現れ,全幕上映+パ・ド・ドゥ形式を作った。そして,当時すでに有名作曲家だったチャイコフスキーが3大バレエ音楽を書いた。
  • プティパに対して,ミハイル・フォーキンが現れ,短く即興性に富んだダンスを作った。その代表が「瀕死の白鳥」
  • 「瀕死の白鳥」を踊ったアンナ・パブロワがロシア人のスター・ダンサーの最初。
  • パブロワはバレエの伝道師として生きたことは重要。彼女によって世界各地のバレエの歴史は変わった。
  • そして,このパブロワの踊りを秋聲が観ている。
(5)バレエ・リュス
  • ロシアのバレエは帝室劇場中心だったため,なかなか一流になれなかった。ディアギレフはロシアでの居場所がなくなり,芸術の中心のフランスに行った。
  • バレエ・リュスには,音楽,美術などについても当時40歳以下の若く優秀な人が参加し,毎年のように新作を作り続けた。これは驚くべきこと。
  • 男性スターの時代になり,ダンサーの「おっかけ」がこの頃から始まった。これは女性の生活に余裕ができたこととも関係ある。
  • 新作を作るだけでなく,『ジゼル』をフランスで復活させることも行った。
  • しかし,1929年ディアギレフが死去。代わりはいなかった。
(6)バレエ・リュス・ド・モンテカルロ
  • ディアギレフの没後も,「観たい」「やりたい」人は多く,1931年バレエ・リュス・ド・モンテカルロが誕生する。
  • ただし,ディレクターが現場の人間でなかったため,ダンスの技のクオリティが次第に落ちていった。
  • それでも,バレエ・リュスの衣装と美術で踊り続け,次世代につなげた功績は大きい。また,バレエ・リュスが行かなかったオーストラリアなどにも行き,世界にバレエを広めた。
  • ベビー・バレリーナと呼ばれる12~14歳の子どもを看板スターにするなど興業上の工夫も行った。
  • バレエについては「良いものを作る」ことだけではなく,「興業上の成功」することも必要である。その点は,ディアギレフがうまかった。
  • ちなみに竹久夢二がこのバレエ団を米国で観ている。
4 日本のバレエ受容史
(1)黎明期
  • 鹿鳴館の時代の舞踏会がはじまり。
  • 1911年にヨーロッパのオペラ・ハウスを目指した帝国劇場が開場し,教育も始まった。
  • ただし映像のない時代だったので,教育にとっては不幸な時代だった。
  • その代わり,他のダンスとバレエとの垣根は低く,「自由さ」「面白さ」もあった。この,「色々混ざっている」点は日本的なものかもしれない。
  • 1916年にエレナ・スミルノワとボリス・ロマノフが来日し,帝国劇場で昼公演を行った。
  • 秋聲がダンスを始めた時代は,日本のバレエ・ダンスの黎明期だった。秋聲はダンスを観るのを楽しみ,「但女優は今少し体格の大きいのを揃へてほしい」などと書いている
  • 当時,ダンスホールで女給と踊れる時代だったが,「風紀を乱す」などと言われた。この辺については,西洋と日本での「(人間と人間の間の)距離感」に対する感覚の違いのようなものがあるのかもしれない。
  • 秋聲は,日本舞踊と比較して「ダンスの方が自然」「気分がせいせいする」と書いている。秋聲は,この頃,自分ではまだ踊っていないが,舞踊の根源的な快楽に気づいていたようである。
(2)アンナ・パブロワ 
  • 1922年にはアンナ・パブロワが来日し,大きな影響を与える。
  • 秋聲は,アンナ・パブロワについて,「(ヴァイオリニストの)ジンバリストよりも感興が起こらなかった」「歳を取り過ぎている」など正直な感想を書いている。
# 芳賀さん自身,日本だと忖度を求められることが多いので,バレエの批評は書かなくなったそうですが,そう考えると秋聲の「空気を読まないような正直さ」は現在では考えられないものなのかもしれません。また,この秋聲の気質については「いちがいもん」(金沢弁で「頑固者」)とも言えるとのことです。
  • 関東大震災で帝国劇場が壊れた後,1924年アンナ・パブロワは,チャリティ公演を行っている。英国的な作法を身につけた人だった。
(3)エリアナ・パブロバ
  • 1927年,エリアナ・パブロバによる日本初のバレエ学校が鎌倉にできる。
  • パブロバは,アンア・パブロワからは「偽物がいる」などと言われたが(そのため,「パブロバ」と区別している),しっかりと教えたいという熱意を持っていた。バレエの教科書を全部トレーシングペーパーで写すことをしている。
(4)その後
  • 当時の広告には,「バレエ=まわる」というつながりで,扇風機の広告の中にバレリーナが出てきたりしている。
  • その後,宝塚少女歌劇からバレエ受容が進み,「お姫様になれるかも」というあこがれの存在になっていく。
  • 少女マンガの中にバレエ・マンガが出てきて,色々な階層で広がったのも日本の特徴
  • ダンスには「風俗としてのダンス」の側面もある。戦後は進駐軍のためのダンスとして,風俗の世界と結びつく。
  • 「日本バレエ史」の本はない。どうしても闘争史のようになり,詳しく書けず,大きな流れを書くしかない。
5 秋聲のダンス体験
  • 秋聲がダンスをするきっかけは,1926年の妻はまの死。
  • その後,山田順子との恋愛事件の後,医師の誘いもあり(健康のためという理由),1930年にダンスを始める。
  • その後,秋聲の終生の趣味になり,ダンスについて,「気障なものではない」「運動のようなもの」「社交に良いも」といったことを語っている。
  • ダンサーについては,その環境を親身になって考えるなど,低く見てはおらず,一人の女性として暖かい視線で見ている。
6 戦後のバレエ
  • 秋聲は,終戦を待たず,1943年に死去。
  • 1946年,全幕バレエ「白鳥の湖」が17日間に渡って上演された(今でもこれを上回る記録はないとのこと)
  • みんな「良かった,良かった」と絶賛し,その後,日本で全幕バレエが一般化するきっかけとなった。
  • ただ,秋聲が観ていたらどう評価していただろうか?芳賀さんとしては,冷静にジャッジした評価を読んでみたかったとのこと
7 まとめ
秋聲のダンス観の根底にあったのは「自由な身体の魅力」だったのではないか。
以上,勝手に私の方で膨らませてしまった部分もあるのですが,私自身,クラシック音楽の歴史にも関心がありますので,大変面白く聞くことができました。

芳賀直子さんは,著名な国文学者の芳賀矢一のご子孫ということで,徳田秋聲記念館の上田館長は,特に色々な感慨をお持ちだったようです。秋聲記念館での展示の方はまだ観ていないのですが,「ダンスのステップ」を踏まないと入れない工夫がされているということなので,是非,展示の方も観に行ってみたいと思います。

金沢21世紀美術館の方では,本日から新展示「ジャネット・カーディフ&ジョージ・ビュレス・ミラー」が始まっていました。

ざっと観てきたのですが...これは2次元の世界の展示ではなく,音あり動きありの,独特の世界観が広がっていました。各展示室が見世物小屋になっているような怪しげな雰囲気に浸りながらじっくりと観てみたいものです。

以下,晩秋の金沢21世紀美術館の様子です。

講演会の前はかなり天候は悪かったのですが...

講演会が終わった後,雨が上がっていました。
 タレルの部屋は,みずたまりが出来ていました。

こちらは床に映った空です。
しばらくメンテナンス中だった,「雲を測る男」も定位置に戻っていました。

こちらは講演会の後。かなり色合いが違いますね。

2017年11月19日日曜日

#金沢泉鏡花フェスティバル2017 最終日。「世界の中の鏡花:『絵本化鳥』トークショー(ピーター・バナード,中川学,東雅夫)」へ。話を聞いて英文版も読んでみたくなりました。

11月15日から行われている金沢泉鏡花フェイスティバル2017も本日が最終日。昨日よりもさらに冷たい雨の降る一日になりました。


この日は午後から行われる泉鏡花文学賞などの授賞式と審査員の作家たちが勢揃いする文芸フォーラムの方がメインイベントだったのですが,こちらの方はパスして,泉鏡花原作の『化鳥』に関するトークショーの方を聞いて,展示を見てきました。

今回のトークショーは,5年前のフェスティバルに合わせて行われた『化鳥』の絵本化と今回のフェスティバルに合わせて行われた『絵本化鳥』の英訳版の作成の話を中心に,話が広がっていくような内容でした。

スピーカーとして登場したのは,『絵本化鳥』を翻訳したピーター・バナードさん,『絵本化鳥』の絵を描いた中川学さん,金沢ではお馴染みの文芸評論家・東雅夫さんの3人で泉鏡花記念館の学芸員の穴倉さんが司会をされました。皆さん『絵本化鳥』を通じた旧知の中ということで,リラックスした雰囲気の中で,鏡花に関する興味深い話が続きました。次のような話題が出ました。
トークショーの開始前の雰囲気です。
1 バナードさんと鏡花作品の出会い

  • 米国から日本に留学した時,鏡花のことは知らなかったが,たまたま泉鏡花記念館を訪れた際に泉鏡花という面白い世界を作っている作家のことを知った。
  • 鏡花作品については,英訳版から入った。
  • その後,アメリカで行われた日本のホラーについてのイベントで,東さんと知り合い,東さんの編集する雑誌でエッセーなどを書くようになった。

# 泉鏡花記念館という場を中心に,色々な人のつながりができていることが素晴らしいと思いました。

2 米国での鏡花の受容について

  • 鏡花作品については,米国の大学でも取り上げられている。
  • 海外の人には日本の習俗などがわかりにくいのではという懸念とあえて日本らしさを全面に出してそのまま紹介した方が良いのでは,という考え方とがある。
3 『絵本化鳥』の英訳について


    • 鏡花作品の中で,翻訳して違和感がないのは『化鳥』ぐらいである(理由:口語体で書かれていることと一人の子どもの感情をずっと書いていること)。そのこともあり,英訳することにした。
    • 5年前の金沢泉鏡花フェスティバルの際,何か後に残るものを作りたいと相談を受け,絵本を作ることになった。その時から海外に紹介しないともったいないという思いがあり,今年のフェスティバルに合わせて,英訳版を作ることになった。
    • 鏡花作品については,文体の影響が大きいので翻訳するのは難しいが,バナードさんならやれると判断した。
    • 例えば,文章だと敢えて隠されている「羽がはえた美しいねえさん」を絵本では表現しないといけないなど,絵本ならではの苦労がある。
    • ただし,絵本の英訳に際しては,絵があることで助けられたことも多かった。
    • 英訳版ではレイアウトにもこだわっている。
    英訳版です。
    4 『化鳥』のタイトルの英訳について

    • 『化鳥』については,定まった英訳はまだない。
    • 化鳥という言葉については,「怪しい鳥,不思議な鳥」という名詞的な意味と,鳥に化けるという動詞的な意味がある。その両方を保つ方法を考えた。
    • 上田秋成の『雨月物語』の『白峯』の中に「化鳥」という言葉が出てくるが,「お化け」的な訳語は合わない。
    • 「類は友を呼ぶ(Birds of a feather flock together)」という英語のことわざを意識して,「A Bird of Different Feather」という英訳にした。

    5 装丁と絵本文化

    • 『絵本化鳥』の装丁は豪華である。日本の装丁文化も発信したかった。
    • 子ども向け絵本については,米国の場合と内容的に違う。米国では,「言葉遊び」的なものが多いが,日本の場合,優しい文で道徳を伝えるようなものが多い。
    • 米国では,他国の絵本を読む習慣があまりなく閉鎖的である。
    • 『絵本化鳥』については,一般的な絵本よりはマンガ的に作った部分もある。

    特にまとめ的な話はなかったのですが,バナードさんのような方が英訳された鏡花作品からこの世界に入ったことを考えると,これからも海外に向けて鏡花作品を発信することが必要というようなことが「まとめ」ということになるかと思います。

    私自身,英語は得意ではないのですが,「鏡花の日本語」もそれなりに難しいので,英語版というのを是非読んでみたいと思いました。

    以下,フェスティバルの会場の雰囲気を紹介しましょう。
    市民芸術村のすぐ隣にJRが走っています。列車が丁度通っていました。

    PITごとに色々なイベントをやっていました。

    PIT4では演劇や映画になった鏡花作品についての展示などをしていました。

    「文豪とアルケミスト」(これが何なのかよくわかっていないのですが)
    に出てくる文豪の等身大(?)パネルコーナーがありました。

    「明治東京恋花伽」に出てくる鏡花なども等身大パネルになっていました。

    これがそのパネルです。

    鏡花のパネル。やはりウサギがトレードマークでしょうか。

    PIT5では泉鏡花文学賞関係の展示もありました。


    こちらは金沢市民文学賞

    歴代の泉鏡花文学賞が展示されていました。







    2017年11月18日土曜日

    11/16 #金沢泉鏡花フェスティバル で #泉鏡花の『#外科室』を翻案した戯曲『#世界はあなたの物』を金沢市民芸術村で鑑賞。原作とは全然違う雰囲気でしたが,セリフ・映像・ダンス・音楽がしっかりまとまった迫力ある公演

    金沢出身の文豪,泉鏡花にちなんで,金沢市は「泉鏡花文学賞」という文学賞を制定しています。その歴史もかなり長くなります。1992年からはさらに「金沢泉鏡花フェスティバル」を5年ごとに開催しています。今年はその当たり年ということで,11月15日から19日にかけて,金沢市民芸術村で色々なイベントが行われています。

    11月16日の夜は,第5回泉鏡花記念金沢戯曲大賞を受賞した佐々木透さんの脚本による「世界はあなたの物」が上演されたので観てきました。上演日はいくつかあったのですが,夜8時から観るというのも良いかなと思い,木曜日の夜の公演を観ることにしました。
    フェスティバルの看板。夜見ると結構不気味かも
    PIT2の入口前のポスター

    この作品は,泉鏡花の短編『外科室』を近未来の2020年に時代を置き換えた作品です。この『外科室』を素材にしていたことも今回観に行こうとおもった理由の一つです。『外科室』といえば,坂東玉三郎監督で吉永小百合が主役を演じた映画版を思い出します。ラフマニノフのチェロ・ソナタの緩徐楽章に乗って,耽美的な雰囲気を感じさせる美しい映像が続くような独特の作品で,1時間かからない短い映画にも関わらず,たっぷりと満足感を味わうことができました。

    今回の戯曲は,その雰囲気とは全く違い,白を基調としたすっきりとした雰囲気の中に現代のちょっとギスギスとした人間関係が象徴的に表現されているような雰囲気がありました。美しい女性を若い医者が手術するという設定と医者と女性との間に一期一会的な恋愛感情が起こるという設定は共通でしたが,それ以外は全く違う作りの作品で,鏡花の短編からよく色々なイマジネーションが広がるなぁと感心しました。
    舞台の雰囲気はこんな感じでした(開演前です)
    特徴は次のような点でした。(1)映像を多用していたこと,(2)ダンスシーンが多かったこと,(3)フルートの生演奏を使っていたこと,(4)貨幣に翻弄される現代社会の姿を表現していたこと

    (1)については,舞台の雰囲気全体が白かったので,その白い面に色々な映像が投影されていました。例えば,作品が始まった後,タイトルや役者の名前などが表示されていました。かなり映画に近い要素もあると思いました。

    (2)のダンスシーンについては,主に5人の看護師たちが担当していました。開演前,ステージ奥に看護師たちが静かに座っていたのですが,作品が始まると,全身を使ったいろいろな動きを見せてくれました。その「意味」は正直なところよく分からなかったのですが,(1)のクールな雰囲気と合わせ,日常とは少し違う異次元空間の気分を盛り上げてくれました。

    (3)については,10月に観た,同じ鏡花原作の『天守物語』の公演を思い出しました。この時同様、上野賢治さんがフルートを担当されていました。公演後のアフタートークによると,ピアノの音(これは事前に録音されたものだったのでしょうか?)に合わせ,即興的に演奏をされていたようで,息の音の生々しさとスリリングさが感じられました。ドラマ全体のホットなのかクールなのか分からないようなムードにぴったり合っていたと感じました。

    (4)については,アフタートークで,演出の高田伸一さんの説明があったから理解できたものです。途中から「カードのようなもの」を小道具として多用していたのですが,お金に翻弄されている現代を表現するためのメタファーとして使っていたとのことです。ドラマのクライマックスでは,このカードを外科手術用のメスに見立てるなど,「ダブルミーニング」にすることも意図したいたとのことです。

    説明を聞かないと分からない部分もあったのですが,登場人物たちが,みんないらいらと不機嫌な感じだったのも,この「お金に翻弄されている」ということとつながるのかなと感じました。

    ドラマの基本構造としては,「愛のない,金目当てのような結婚」をしている舞子夫人と外科医との恋愛ということになります。外科医の方は,最初から最後まで不機嫌な感じで,その理由が実はよく分かりませんでした。この作品については,脚本が公開されていますので,後で読んでみようかなと思います。

    http://kyokafes2017.com/wp-content/themes/kyokafes2017/common/images/top/sekai.pdf

    原作の『外科室』は,9年前の一目ぼれが手術を通じて成就する話ですが,今回の戯曲については,2020年の9年前の2011年,つまり東日本大震災,が隠しテーマになっていました。が、この辺がやはり一回観ただけだとよく分かりませんでした。この日は、仕事が終わった後,夕食を食べずに20:00から観ることになったので,「体力の限界」という感じになってしまい,途中,少しウトウトしてしまいました。そのせいかもしれません。

    というわけで,作品に込められたメッセージについては,トークを聞かないとしっかりと理解できなかったのですが,迫力のあるセリフの連なりに映像・ダンス・音楽がライブ感覚で加わり,リアルな「まとまり」と「迫力」がしっかりと感じられたのが素晴らしいと思いました。

    アフタートークの時にもちょっと話題になったのですが,芸術村のすぐ上(斜め上ぐらいでしょうか)を通っているJR北陸本線のガタンゴトンというSEがとても面白い感じで加わるなど,ライブ感満載の芸術村のPit2ならではの上演だったと思います。役者の息遣いが間近で感じられるこの空間がとても好きになりました。

    上述のとおり,かなり疲れた状態で観ることになったのが残念だったのですが,機会があれば,今回チラシが入っていたような色々な演劇も観てみたいものだと思いました。

    この日のアンケートは、「鑑賞前」「鑑賞後」について尋ねる独特のスタイルでした。
    PIT2全体を診察室に見立てており、座席の位置を示すカードが「診察券」になっていました。




    2017年11月12日日曜日

    #石川県立美術館 で #東京国立近代美術館工芸館 名品展「陶磁いろいろ」を観てきました。本当に名品揃いという感じでした。

    2020年に金沢に移転する東京国立近代美術館工芸館の名品展「陶磁いろいろ」が石川県立美術館で行われたので,観てきました。
    展示の方は,タイトルどおり陶磁器の名品揃い。展示室は1室でしたが,学芸員の方の解説を聞きながら鑑賞したので,大変面白く楽しむことができました。

    何よりも良かったのは,いろいろなタイプの名品を楽しめたことです。学芸員さんの話の中で「伝統的な技法で新しい形を表現」という言葉が何度も出てきたのが印象的でした。人間国宝の作品が多数含まれていましたが,その技と工夫と各種素材の見本市みたいなところがありました。

    ちなみに「人間国宝」というのは,「重要無形文化財保持者」ということで,指定されるのは技術になります。今回は,その技術を持っている人の作品の数々が並んでいたことになります。

    伝統的な陶磁の技法をベースにした上で次のような作品がありました。

    • オーソドックスな椀や皿
    • あえてチープな雰囲気にしたポップな作品
    • 機能的なデザインを持つ実用的な作品
    • 機能的ではないオブジェ的な作品
    • 生活の中に芸術をという民芸運動に基づく作品

    陶磁器については,全く知識はないようなものですが,名は体を表すという言葉どおり,作品のタイトルを見れば,こういったタイプ分けが大体分かるなということが改めて分かりました。

    作品の中には,金沢21世紀美術館で展示されていたような現代アート的な作品もあり,この美術館が金沢に移転した後は,色々な連携ができそうだなと思いました。

    陶磁器の見方については,学芸員さんが言われていた「素材がなろうとしている形と作家が作ろうとする形のせめぎ合い」という言葉がポイントになると思いました。「陶器とは思えない」別の素材感を出している陶器がある一方で,その素材らしい質感を素直に出している作品があったり,色々な楽しみ方ができると思いました。

    また,陶磁器については,作る過程で偶然性が加わることも多く,これを好む人とそうでない人がいるとのことです。そういった要素も含め,今回の展示では,結果として美しさの感じされるような質感を持った作品が集まっていると思いました。

    ちなみに隣の展示室には,元々石川県立美術館所蔵の工芸品も展示されていました。こちらの展示も遜色がないなぁと思いました。

    本日は快晴だったのですが,美術館の窓の外に見える景色も下の写真のとおり,絵のように美しかったですね。

    金沢の美術館では,何といっても21世紀美術館が有名ですが,全般的に石川県立美術館の方がゆったりと楽しめ,「自分の家」のような感じでのんびりと過ごせるところがあります。色々な美術館があり,それをハシゴできるのは良いなぁと改めて感じているところです。

    それにしても今日は良い天気でした。


    2017年11月4日土曜日

    本日は #加納朋子 トークショーを石川県立図書館で聞いてきました。加納さんの作品の魅力が,ふわっとした雰囲気の中から伝わってきました。

    兼六園周辺文化の森秋のミュージアムウィークの関連イベントとして,今週は,ミステリー作家,加納朋子さんのトークショーが石川県立図書館で行われたので聞いてきました。県立図書館の「ミステリー作家トークショー・シリーズ」もすっかりお馴染みになりましたね。

    私自身,ミステリーはほとんど読まないのですが,人気作家が考えていることを生の声で聞くことができますので(しかも入場無料),毎年,他に用事が亡ければ,聞きに来ています。今年も,県立図書館の職員の方によるインタビュー形式で約90分,加納さんの小説をこれから読んでみようかな?という人(=私のことです)にぴったりの話を楽しむことができました。

    加納朋子さんは,1992年に第3回鮎川哲也賞を受賞した『ななつのこ』でデビューされたミステリー作家で,映画化された『ささらさや』(2014年)や闘病記『無菌病棟より愛を込めて』(2012年)など話題作を多数発表されています。傾向としては,殺人事件の解決する長編よりは,「日常の謎」を解く連作短編といったタイプの作品が多い方です。
    ステージはこういう雰囲気
    今回は事前に集めた加納さんへの質問をベースに進められました。以下,その内容をご紹介しましょう。加納さんのトークには,どこかふわっとした雰囲気があり,お話を聞いたお客さんも,きっと加納さんの作品をもっと読んでみたくなったと思います。小見出しは私が勝手に付けたものです。は私のコメントです。

    1 金沢について

    • 以前,バスツァーで来たことはあるが,今回の訪問が実質初めて。
    • 今回はゆっくりできそうです。

    2 幼少時代の読書とミステリーとの出会い

    • ポプラ社のルパンとホームズのシリーズから読書はスタート #これまで,いろいろな作家さんのお話を聞いてきましたが,このパターン(+江戸川乱歩)は多いですね。日本ミステリー界へのポプラ社さんと学校図書館の貢献は多大だと思います。
    • クリスティ作品については,親からすべてネタバレ形式(?)で紹介されたが,そのことでミステリー好きになった。
    • 中学生の頃,ブラウン神父シリーズを読み,キャラクターとトリックの面白さを知った。
    • 高校生時代は...暗い歴史...
    • 短大生になり,好きな勉強ができるようになり,とても楽しかった。『ななつのこ』の描写のもとになった部分もある。

    3 小説を書き始めたきっかけ

    • OL時代「他人に比べると自分はつまらない」と思い,落ち込んだことがあった。
    • その頃ワープロを購入し,何かを書いてみたいと思いつき,書き始めた。それが『ななつのこ』の中の一部
    • 妹が次を読みたいと言ってくれたので,他の短編も書き,合計7編をまとめ,東京創元社の鮎川哲也賞に応募。それが入賞し作家になった。

    4 『ななつのこ』について
    Q: 主人公の駒子は加納さんがモデル?
    A:そうである。これは正解だったが,後悔した点もある。

    駒子シリーズは,『魔法飛行』『スペース』と続いているが,その後,他の作品を優先する必要があり,次作は書けていない。
    Q: 加納さんの作品には数字の7にちなんだタイトルが多いが?
    A:短編集の本数的に書きやすい数ではあるが...特にこだわりはないようです。

    5 題材やキャラクターについて
    Q:『ガラスの麒麟』は珍しく殺人が出てくるか?
    A:自分の身の回りで起こった,怖い体験の影響で書いたものである。その他,身の回りの出来事からネタを拾うことは多い。
    小説に登場する人物については,会社時代の知人,幼なじみなどがベースになっていることがある。

    Q:ふわふわして守って上げたいようなキャラクター以外にも山田陽子のような対照的なキャラクターもいるが...
    A:『レインレイン・ボウ』については,七人七様のキャラクターを作るのがコンセプトなので作った。『七人の敵がいる』の山田陽子については,今では「友達になりたい」と思っているキャラになった。

    6 作品の映画化について
    映画化されると確実に発行部数が伸びるので嬉しい。版元に恩返しができる。
    Q:自作のドラマは観ますか? 
    A:観る。試写会や撮影現場の見学にも行く。新垣結衣にも会った。

    7 アンソロジーについて

    • 作家は孤独である。しかし,同じ小説家にしか分からない悩みもある。
    • その点でアンソロジーは楽しいが,他の人の作品を読むと「みんな偉い」と思ったり,プレッシャーが掛かることもある。


    8 『ささらさや』について
    Q:とても泣ける話でした。一節を読んでいただけますか?
    A:加納さんが「おばあさん手紙」の部分を朗読(本はいいよ。本の中の人物が泣いているとホッとする。人生の中でそういう気分になるときに読むとよい...といった部分)
    人間の感情は,動かされることで癒やされる。疑似体験でも良い。それで楽になる。
    この言葉は良い言葉ですね。朗読同様に心に染みました。

    9 執筆について

    • プロットについて:『ななつのこ』の入れ子構造などの大きな枠は先に決める。
    • どこから書く?:作品による。伝えたいフレーズが先に浮かんだ時などで,最後にピースがはまるように収まると気持ちよい。
    • アイデアやトリック:ネタの芯は新聞,テレビ,ネットなどで拾って,それを広げることが多い。日頃から,電車の中の知らない人同士の会話に耳を澄まして聞いていたりする。人物の背景や考えたかが見えてくるが,妄想が広がりすぎて困ることがある。
    • 取材:人物が生き生きしているが取材しているのか?特にしていない。自分の若い頃を思い出したり,上述の人物観察による。
    • 一人称:手紙や本がドラマの中によく出て来て,一人称が多いが?特に意識はしていないが,自分に近い一人称の文体でデビューしたのは良かった。一人称だと破綻しにくい。
    • キャラクターの作り方:自分をモデルにする場合以外に「どうすればストーリーがうまく転がるか?」と考えると必要な人物が出てくる。山田陽子の場合,キャラクターが勝手に動くこともある。
    • 執筆時間は?:ものすごく時間がかかります。体力がないので徹夜などはできません。
    • スランプ対策は?:編集担当の人に「逃げ切り計算機」というサイトを教えてもらった。仕事を今リタイアした場合どうなるかが分かるもの。その結果,もう少し働かないといけないことが分かり,頑張ることになる。

    10 今後について

    • 年末に『カーテンコール』が新潮社から発売される。
    • 未来をテーマにした作品を書いてみたい。


    11 本の紹介
    ■自作で好きな3冊
     シリーズもののヒロインに心が行ってしまいます
      『ななつのこ』『ささらさや』『七人の敵がいる』
     ちなみに聞き手の方のお薦めの3冊は...
      『ささらさや』『いちばん初めにあった海』『掌(て)の中の小鳥』
    毎回,こういうコーナーがあるのが,初心者にはありがたいですね。 

    ■お薦めの日本のミステリー作品
     今年の鮎川哲也賞受賞作品『屍人荘の殺人』

    ■若い人に読んで欲しい作品

    • ミステリーを離れた青春ものとして書いた『少年少女飛行倶楽部』。
    • 最後どうやって飛ぶか,お楽しみに
    • アニメ化を期待していますが...声がありません。

    ■反響が大きかった作品

    • PTAが舞台の『七人の敵がいる』
    • 親側の不平不満を描いたもので,ミステリー読者以外からの反響が大きかった作品

    12 フロアからの質問
    Q1 連載後,単行本にする時,加筆・修正をしますか?
    A1 書き切れなかった場合を除いて,あまりしない。

    Q2 短編用の文体のポイントは?
    A2 まだ長編をほとんど書いていないので試行錯誤中である。だから時間がかかる。

    加納さんは「これまでほとんど講演会を引き受けたことはない」とのことでしたが,この日は,一貫して優しい雰囲気でお話をさせれいたので,聞いている方も思わずそのペースに引き込まれました。

    トークショーの後は,恒例のサイン会が行われました。私も持参した『ななつのこ』にサインをしていただきました。まず,この本を読んだ後,しっかりと泣けそうな『ささらさや』あたりを読んでみたいと思います。

    トークショーの後は,市内の公園などを散策。小雨が降っていましたが,紅葉の最盛期という感じでした。
    県立図書館の隣の建物。きれいですが落ち葉は多過ぎで滑りそう?
    上の写真と同様ですが,右が県立図書館です

    金沢21世紀美術館
    しいのき迎賓館横のアメリカ楓通り付近
      
    アメリカ楓通り。明日11月5日は歩行者天国になるようです
    縦長で撮影
    舗道の上のもみじ


    明日は晴れそうなので,このイベントで賑わいそうです。

    良く見ると紅葉の色も色々です。