毎年この時期に,兼六園周辺文化の森ミュージアムウィークの一環として,石川県立図書館でミステリー作家などによる講演会が行われるのが恒例になっています。私自身,ミステリーを沢山読んでいるわけではないのですが,作家の生の声を(無料で)聞けるのはとても面白く,毎年楽しみにしています。
今年は,『謎解きはディナーのあとで』で2011年に本屋大賞を受賞した東川篤哉さんが登場しました。講演会の場合とインタビュー形式の場合があるのですが,今年は県立図書館のミステリー通の職員の方によるインタビューでした。
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このような雰囲気で,色々な著作を手にしながらの図書館ならではのトークでした。 |
ステージに登場した東川さんは,一見,どこにでもいそうな「普通の人」といった雰囲気の方で(服装もふだん着だったと思います),偉そうなところが皆無でした。そのトークには,気負ったところや飾ったところはなく,気軽に東川さんの「ミステリー作法」を披露してくれました。そして,その中に「なるほど」という感じの面白い内容が詰まっていました。
メモをしながら聞いていたので,その内容を箇条書きでご紹介しましょう。
# 勝手に小見出しを付けています。細かい内容に聞き間違いがあるかもしれませんが,ご容赦ください。
■イントロダクション
- 金沢に来るのは今回が初めて。石川県と金沢が結びついていなかったが,ホテルが混んでいて,観光地だと認識
- 「東川」はペンネーム。本名の「東」だと,「あずま」と読み間違えられることが多く,書棚の「あ」の欄に置かれるかと思い,「川」を付けて「東川」とした。
- 著名なミステリー作家に,「川」が付いている人が多いことも理由の一つ(「鮎川」「有栖川」「江戸川」...「野」にしなくて良かったですね,とインタビュアーから旨いフォローがありました)
(Q)なぜ,「東川」と書いて,「ヒガシガワ」と読む(私自身,ヒガシカワだと思っていました)?
- 特に深い意味はなく,なんとなく「ガワ」になった。
- 広島県尾道市出身だが,親の仕事の関係で,幼少期は西日本を転々とした。両親の実家は熊本。
(Q)野球は?
- 当然,広島ファン。
- 今年,まさかこの時期にカープが日本シリーズに出ているとは思わずに,この仕事を引き受けました。
■幼少期~大学生
- 幼少期は友人の少ない地味な子。
- だんだんと暗くなり,本を読むようになった。
(Q)作品は明るいですが...
(Q)どんな本を読んでいましたか?
- 小学生の頃,アカネ社の「謎の038事件」(エラリー・クイーン原作)を読んだのが最初。このレーベルや,ポプラ社の「ルパン」「ホームズ」を何回も読んでいた。
- 江戸川乱歩は,どこかダサい印象を持ったので読まなかった。怪奇趣味の表紙の影響もあるかも。
- 中学生になって,創元推理文庫のディクスン・カー,アガサ・クリスティなどを読むようになった。横溝正史の金田一耕助シリーズは,小学生の頃,映画が大流行していたが,テレビの再放送を見て,原作を読むようになった。
(Q)金田一耕助は誰のものが好き?
- 古谷一行が良いという人もいるが,石坂浩ニの方が好き。
- 大学になって,あまり小説は読まなくなり,映画をよく見ていた。ごく普通の流行っている映画を観ていた。当時,宮崎駿はそれほど有名でなかったので,観に行くのは恥ずかしかったが,「となりのトトロ」は良かった。
■小説を書き始めた頃
- 大学生の頃,小説を書こうと思ったが,手書きだと書けなかった(文字が下手で,良いものに思えなかった)。
- 会社員になってワープロを入手したが,仕事が好きになれず,26歳の時に退職。その後,書き始めた。
(Q)小説を書くために仕事を辞めたわけではないんですね?
- 辞めてから書き始めた。1994年頃,本格ミステリーがブームになっており,有栖川有栖の『月光ゲーム』などを読んでいた。
- 小遣い稼ぎになるかと思い,いくつかのコンクールに応募した。その中で,鮎川哲也の「本格推理」にだけ採用された。
- 1995年末,競馬の有馬記念で負け,大晦日締め切りのコンクールに応募して入選したのが,『中途半端な密室』。これがきっかけで,作家としてデビューした。有馬記念に勝手いたら,デビューは少なくとも1年は遅れていただろう。
- その後,光文社から,『本格推理』の常連投稿者に対して,長編執筆の声が掛かり,『密室の鍵貸します』が採択された
(Q)最初からユーモア・ミステリーを書いていた?
- 最初からそうだった。
- 同時,ユーモア・ミステリーを書いている人は少なかったので,ユーモア系の方が良いと考えた。
(Q)「烏賊川(イカガワ)市」という架空の市を舞台にしていたのはなぜ?
- めんどうだったから。
- 実際の地名だとしばられることが多い。架空の市だと適当に書けそうだと思った。
■『謎解きはディナーのあとで』について
- 小学館から,「きらら」という若い女性向け雑誌に書いて欲しいという依頼があり,「ミステリーに詳しくない読者が読んでも面白いものを」ということを意識して執筆したもの。
- 当時,執事モノが流行っていたので,「執事探偵」にすることを思いつき,お嬢様を刑事にすることにした。
- その結果,「安楽椅子スタイル」ができあがり,これで良いと思った。
(Q)執事が毒舌なのはなぜ?
- 毒がないと,ユーモラスな雰囲気は出ない。その方が書きやすかった。
(Q)この本が「本屋大賞」を取って,どう変わったか?
- 取材が増えた。毎週のように取材があり,「何が変わりましたか?」という質問ばかりされた。自分自身は変わらなかったが,マスコミの方が変わった。
- それ以外では,長編だけではなく短編を書かせてもらえるようになった。その分,長編を書く時間がなくなった。
- 映画版は試写会で観たが,テレビ版の方は全く観ていない。櫻井君と北川さんには会ったことはある。会いたいといえば,俳優には会えるだろうが,撮影の途中だと喜ばれないだろう。
■『探偵少女アリサの事件簿』について
- 来年1月2時間ドラマになる。が,原作とはかなり違う話になるだろう。
- 2時間ドラマには,いろいろな約束があるようである(風光明媚な場所,美味しいものが出てくる,最後に崖が出てくる...)。
- 原作は川崎市だが,どうなっているか?主役が美少女ならば良いのでは...
■執筆スタイルについて
- 携帯電話,インターネットは使っていない(会場からは驚きの声(が聞こえた気がしました))。
- 今のところ不便さに気づいていない状況である。
- 1994年当時,携帯電話は普及していなかった。その後,フリーターをし2002年にデビューしたが,その間に世の中が大きく変わった。
- 最初はフロッピーディスクに保存していたが,現在はUSBメモリーに保存している。
(Q)インターネットがないと調べものに困らないか?
- 図書館で調べたり,本で調べたり,編集者に調べてもらったりする
- 取材旅行はほとんどしない。自分が知っている場所を舞台にしているからである。
(Q)プロットを優先して作るのか?
- そうならざるを得ない。いきなり書くのは不可能である。ただし,書いているうちにプロットはよく変わる。
- 物語の書き出しと結末だけを決め,中間は書きながら手探りしている。伏線は,後から入れることもあり,最初に戻って書き直すこともある。ギャグの場所などは特に決めていない。
(Q)ギャグシーンに伏線が入ることが多いのか?
- ギャグの部分で手がかりを提示できるのは,ユーモア・ミステリーの利点である。目くらましになって気づかれにくい。
- もちろん,何でもない,ただのギャグも多い。
(Q)ギャグのネタ帳などはあるのか?
- ない。ギャグは自然に出てくる方が良い。
- トリックのネタ帳ならあるが...実は底が突きかけている。
(Q)アイデアはどこから出てくる?
- よく尋ねられる質問だが,はっきりしない。散歩をしたり,机に向かって頭をひねっていたり,他の作品を読んでいたり,テレビを見ている時などに出てくる。アイデアについては「考える」というよりは「気づく」と言った方が良い。
- いつも考えると直感でひらめく。
(Q)そのために意識的にやっていることは?
■キャラクターはどう作るか?
(Q)身近な人をモデルにすることはあるか?
- ない。名前にしても被らないようにしている。実在の人がいると逆に書きにくい。
- 日常の中で「こういう人がいたら」ということで思い付くことがある。(例)「学生探偵」「執事探偵」
- 「魔法使い探偵」は,「刑事コロンボ」と「奥様は魔女」を合わせたものである。実際にはコロンボのスタイルで,セレブな犯人が多いのも踏襲している。
(Q)探偵少女アリサは?
- 編集者から「少女と30歳の男のコンビで」という注文があった。
- 映画『ペーパー・ムーン』のイメージでロードムービーのようにしたいとも思ったが,10歳の少女と何でも屋という組み合わせになった。
(Q)バリスタ探偵は?
- 喫茶ミステリーが流行っていたので,パクろうとした...が,実際には猟奇的でゲスな感じになった。
- 私自身は気に入っているが...どう受け取られるか,少々不安。読んでみて欲しい。
(Q)新作は?
- 新潮社からの注文で書いた『かがやき荘アラサー探偵局』。自分自身ではアイデアがなかったが,編集者と話しているうちに「アラサー3人組」ということになった。
- まぁいいか,という感じで始まり,苦労の後が見える作品になっている。
- 来年,『魔法使い...』シリーズの3作目,『イカガワ市』の短編集が出る。連載中のものがまとまれば,長編も刊行される予定。
■これから書きたい作品は?
- 長編と喜劇を書きたい。
- 喜劇というのは,ユーモア・ミステリーとは違う。これまでは,「話そのものがミステリー」という作品が多かったが,ミステリーであったとしても「話そのものが喜劇」的なものを書いてみたい。ただし,まだ構想はない。
■自分の作品の中で好きな3作は?
- 『放課後はミステリーとともに』『交換殺人には向かない夜』『館島』の3作である。
- 『放課後はミステリーとともに』は,デビュー前から書いていた短編集。時間を掛けて書いているので,密度・完成度が高い
- 『交換殺人には向かない夜』は,複雑過ぎて,もう1回書けと言われても,自分でも書けない作品。出来は良いが,書いていて疲れた。
- 『館島』はベタな本格ミステリー。アイデアが良かった。
#ここで,インタビュアーが,東川さんのサインの入ったこの本を提示。現在とは違う,地味なサインを見て...東川さんはびっくり。「こんなサインを書いていたんだ。テストの答案のような感じ」。当時,東京創元社に書かされたサイン本とのことです。
■好きなミステリーは?
- 横溝正史
- 島田荘司
- 有栖川有栖
- 綾辻行人
- エラリー・クイーン...
■金沢を舞台にするならどんな探偵?
- デビュー作でイカガワ市という架空の都市を舞台にして書いたので,2作目以降,別の市にせざるを得なくなった。
- ただし,知っている街ばかりで,ずっと地元に居る人という形が多かった。金沢を舞台にするならは,旅情ミステリー,旅する探偵がふらっと訪れるという形になるのかもしれない。
■フロアからの質問
(Q)色々なトリックはどうして考えるのか?
- 締め切りがあるのが大きい。考えないとしようがない。
- ただし,トリックにはパターンがある。結局は,「何かと何かを勘違いさせる」ということに尽きる。時間,人,場所の勘違いをさせるにはどうすればよいか...と考えている。
(Q)ヒット作を出すには?
- わからない。
- が,顧みられてない放置されているジャンルやネタで書けば目立ち,1人が食っていくぐらいの需要はあるはず(東川さんの場合のユーモア・ミステリーについても,当時はほとんど書かれていなかった。綾辻行人の本格ミステリーもそうだった)。
(Q)自作が映像化された場合,このキャラはこの人でないといけない,というものはあるか?
- 特にない。
- 「魔法使い探偵」については美少女が良いが...こだわらない。
最後,会場のお客さんに向けての「孤独なことの多い作家が読者に会う機会は少ない。今回のイベントのような機会に読者に出会えることは,これからの仕事の励みになります」という言葉で締められました。
事前に集めた質問をもとに,東川さんの小説作法が率直に語られており,とても面白い内容のトークショーだったと思います。私自身,今回の東川さんのお話を聞いて,ユーモア・ミステリーの世界への関心が高まりました。読んでみたいと思ったのですが...中々,時間を作れないのが残念です。
トークショーの後,恒例のサイン会がありました。我が家から持参した『謎解きはディナーのあとで』(子どもが読んでいた本ですが)にサインをいただきました。非常に格好良いサインでした。
PS. 石川県立図書館の向いにある金沢歌劇座では,全日本(北陸ではなく全日本です)吹奏楽コンクールの大学部門を行っていたようで,大型トラックがずらっと並んでいました。
結果を調べてみると,地元の金沢大学吹奏楽団は,銀賞だったようです。
http://www.ajba.or.jp/competition64daigaku.htm
明日は社会人バンドの部門ですね。